「弁護士自治」の根拠

     わが国の弁護士会に与えられている強力な自治権について、その最大の根拠としていわれてきたことは、いうまでもなく国家権力と対峙することになる、その職業的使命・性格です。国家権力の監督に服さないことで、その使命が達成できるということで、司法大臣の監督下にあった戦前の形への反省といったことも、必ずいわれてきました。

     なぜ、これを国家が認めなければならないのか。その答えになるような、弁護士自治を国家の側からとらえる考え方があります。つまり、これは裁判の適正という近代法治国家の要請に由来する、というものです。どういうことかというと、法律と裁判に関する諸制度が整備されるなかで、弁護士の役割が増大するとともに、その存在は適正な裁判に必要欠くべからざるものとなり、国家として弁護士制度に意を用いるようになる。その際の国家の最大関心事は、いかに弁護士の資質を一定水準に保つかであり、弁護士に関する法制は、その目的に向かって整備され、その具体的な内容は、資格の授与と監督権行使となる。しかし、本来、国家の行政作用の範囲に属するこれらは、前記したような職業的性格からも、弁護士会に委譲する方が、裁判の適正という国家目的からみて、合目的的と国家が認識するに至った――と。

     つまり、弁護士自治は、適正な裁判という観点から、国家が譲歩したものという考え方になります。前者の根拠を本質的根拠、後者を政策的根拠という分類もなされています(第二東京弁護士会編「弁護士自治の研究」、明石守正「弁護士自治の概念」)。

     ちなみに、わが国の弁護士自治の中身を見ると、前記資格の授与と監督権行使のうち、資格の付与・登録、監督・懲戒、それを支える強制加入が制度的に実現されているわけですが、前記資質の保証という意味で、本来、重要な意味を持つ、弁護士資格試験と弁護士実務修習を弁護士会が掌握していない、という現実があります。

     この二つを国家が行っていることについて、ある意味、逆に弁護士会側が譲歩せざるを得ない理由は、これを主張すれば、戦前のような分離修習につながる、ということがありました。統一修習はどうしても譲れない、と。ただ、かつて弁護士会がこの課題をどう克服しようと考えていたかといえば、ここで登場するのも、弁護士会悲願の「法曹一元」でした。判検事を弁護士経験者から任命する法曹一元制度の実現は、要するに司法試験=弁護士試験、司法修習=弁護士修習と観念され、問題は一挙に解決するということだったのです(前掲書)。

     さて、前者本質的根拠に立って見れば、弁護士が国家権力と対峙して守ろうとするのは、国民の人権であるということから、弁護士自治は国民から負託された弁護士の責任というとらえ方もできます(「『弁護士自治』という責任」)。一方、国家は、国民に対して適正な裁判について責任を負うべき立場にあると考えれば、弁護士自治に対する最大関心事である資質の保証が、自治によって担保されないのであるならば、譲歩を見直すという話にもなり得ます。

     別の見方をすれば、前記本質的根拠が存在していたとしても、社会的な了解度がかすみ、国民のために付託された責任ではなく、社会的にそれが、単なる弁護士の特権とされた場合、資質の保証での絶対的な意義が見出せない、ということは、国家がこの制度に手をつける十分な口実になるということだろうと思います。

     今、弁護士自治は厳しい立場に立たされつつあります。弁護士激増政策と法科大学院の失敗は、結果として、質の保証なき弁護士を社会に放出し、競争による淘汰によって質を確保しようとする方向を現実のものにしようとしています。その過程で、ある意味、そのしわ寄せとして発生する不祥事に関して、弁護士会は、懲戒・監督による自浄作用の効果とともに、自治の存在価値を問われることになります。それは、権力に対するシールドとしての自治の意義よりも、より強い国家の監督下での「浄化」の方に、国民が価値を見出すことにもつながる可能性があります。

     さらには、この激増政策に伴う弁護士のビジネス化や一サービス業としての経済的自由への要求は、強制加入を規制ととらえ、若手を中心とした余裕のなさは、高額の会費への不満となって、自治を内部からぐらつかせ始めていると見ることができます。渉外・企業系弁護士やその志望者からは、統一修習の不要論が聞かれ、一方で、「法曹一元」の実現をいう声はもはや聞こえてきません。弁護士が自治の旗のもと、その「根拠」を重く受け止め、一つになる状況では徐々になくなってきているように見えます。

     国民に対して責任を負ったはずの、弁護士自治という存在が、この国から永遠に消えてしまう前に、どうしてこういうことになってきたのかから、考え直す必要があります。


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    何を今更,という感じです。

     司法改革以来,日弁連では会員の大多数の意見を無視する会務運営が常態化しており,もはや日弁連を「弁護士自治」の団体と呼ぶのは問題があると思います。会員の中にも,現在の日弁連が「権力に対するシールド」の役割を果たしていると本気で信じている人はあまりいないでしょう。一部の人間によって私物化された「自治団体」に存在意義など無く,崩壊は時間の問題です。
     弁護士が自治の旗のもと,その「根拠」を重く受け止め,一つになる云々というお話には,もはや失笑するしかありません。「徐々になくなってきている」のではなく,「完全になくなっている」という方が正確でしょう。
    プロフィール

    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


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