「無血開城」の先に待っていたもの

     事前規制型社会から事後救済型社会へ――。これを時代の趨勢として、弁護士の大量増員の必要性を結び付ける主張が、この「改革」では飛び交いました。事前規制がなくなることによって、必然的紛争が増え、そのなかで弱者が不当な不利益を被らないためにも、救済の仕組みが不可欠になる。したがって、沢山の弁護士も必要になる、と。

     経済界が求めた新自由主義的なこの「改革」を、多くの弁護士が積極的に受け入れ、また、それと向き合って、旗を振ったのには、多分にこの時代認識が影響したととれます。ただ、経済界が求めたものは、迅速で安価な紛争処理であり、要するに弁護士についていえば、彼らにとって「使い勝手」のいい存在に変えることにこそ、意味があったというべきです。

     この「同床異夢」といわれる、「改革」の実相を、1990年代半ばくらいから2000年代の弁護士たちの多くが、見抜いていなかったわけではないと思います。ただ、前記したような弱者救済の必要性、さらに、被せられるように、泣き寝入りや不正解決の存在と司法の機能不全をいう「二割司法」論が描いてみせた大量の潜在需要イメージに煽られ、これを「市民のための改革」として、その実をとるべきというとらえ方に、多くの弁護士が傾斜していったのです。

     この時、この規制緩和論とぴったりくっついていた自由競争原理がもたらす、「淘汰」ということについて、当時の弁護士が果たしてどのくらい自覚していたのか、そこには疑問もあります。自らが厳しい競争による「淘汰」という状況にさらされるということよりも、時代の趨勢と、眠れる大鉱脈がもたらしてくれる需要が、増員された弁護士を支えてくれる方が念頭にあったのではないか、と思えます。

     一方、弁護士会に増員を飲ませようとしている側からは、当初、当然弁護士側の抵抗が予想されていたはずです。そして、その立場でこの状況をみれば、強固な自治を構えている彼らが、自らの判断と決定によって、その手を挙げてくれることが最も望ましい形だったはずです。その意味で、弁護士側の「市民のための改革」という使命感と自覚が、内部での激しい議論は経ても外への抵抗ではなく、当時、「登山口」などと称されたように、彼ら自身による増員を含む弁護士「改革」の主体的行動につながったのは、外側の人間たちには望ましい「無血開城」だったというべきです。

     増員に伴う質の懸念。法曹界内外の、この問題解消へのとらえ方は、およそ二つに集約されていたと思います。一つは、漠然とした新法曹養成への期待。もう一つは競争の効果。おそらく弁護士の多くは前者で、弁護士会外の人間が、サービス業としての同一化の目線で、後者を拠り所にしたととれます。もっとも後者の認識については、現在もそうであるように、弁護士の中でも個人的な格差があります。

     先般、このブログでご紹介しました花伝社発行の「司法改革の失敗」(「弁護士による反『「改革」史観』の狼煙」)の中で、著者の一人である鈴木秀幸弁護士が、そこでいわれた弁護士の質を自由競争が確保するという主張について、次のように否定しています。

      「弁護士が自由競争に置かれていないという指摘は事実ではなく、依頼者が弁護士を選ぶのに規制はなく、自由競争の関係にあったが、利用度が高い職業ではなかっただけである。もともと法曹の質は、他との競争によって向上するものではなく、精神的・経済的な余裕のある職業の魅力により有為な人材が集まること、自らの研鑽、教養と品性を高める自覚と努力及び職務の独立性の保証などによって決まるのである」(「Ⅰ 司法のあり方と適正な弁護士人口政策」)

     鈴木弁護士は、「社会的サービス労働は、専門的な知的熟練と専門的判断・裁量の自由が求められ、そのために、雇用の保障と労働・賃金条件の確保と職場自治が必要である」とする二宮厚美・神戸大学教授の指摘も引用しています。

     弁護士を甘やかすな、あぐらをかかせるな、という主張とともに、増員による競争と淘汰を迫っている方々からすれば、当然反発もあるかもしれません。ただ、注目すべきなのは、ここで鈴木弁護士らが掲げている質を決定付けている要素は、いずれもこの「改革」によって徹底的に破壊されようとしているものだということです。

     皮肉にも、もう一つの期待の拠り所であったはずの新法曹養成の中核とされた法科大学院の失敗と、増員による弁護士の就職難は、弁護士界を「精神的・経済的な余裕のある職業の魅力により有為な人材が集まる」場所ではなくしつつあり、ソクドク時代の若手弁護士たちには、「研鑽、教養と品性を高める自覚と努力」の環境が失われてきています。もちろん「雇用の保障と労働・賃金条件の確保」は脅かされ、高い会費への不満などから強制加入・自治までが内部崩壊の危機にあります。

      「新自由主義の考えは、弁護士の職務の性格を無視し、格差社会の中で、弁護士の仕事をビジネスと割り切らせ、弁護士の社会的使命、あるいは公益的活動を軽視するものである。結局のところ、この政策は、弁護士費用のコストダウンと弁護士の職務の独立性及び適正性を奪うことを目的としたものである」

     鈴木弁護士は、こう結論付けています。「市民のための改革」の旗を掲げた「無血開城」の先に、何が待っていたのか、それが本当に「市民のため」なのか――。その現実を、日弁連・弁護士会は、そろそろ直視しなければなりません。


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    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
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