「裁判員制度」というトリック装置

     民主主義社会においては、しばしば「民意」は「錦の御旗」になります。それは、権力の正統性を民意に求めるということではなく、「民意」の「旗」を振ることに求めることといってもいいと思います。残念なことに、そのことがこの社会で、大衆を服従させる、もしくは沈黙させることに有効である、とみるからこそ、偽装してまで「民意」の旗を獲得しようとする輩が、しばしば登場するのを、われわれは目にすることになるわけです。

     したがって、われわれがこの社会の一員として、常に注意を払うべきなのは、「民意」として振られているものが、本当に「民意」といえるものなのか、ということともに、それが「民意」の反映よりも、大衆を服従・沈黙させる方に真の目的があるものではないか、ということだと思います。

     国民の常識を裁判に反映させることを謳い文句とする裁判員制度についても、こういうことが当初から言われています。国民が直接司法に参加しても、職業裁判官とともに裁き、その強い影響下に置かれる現実では、前記謳い文句がいう「反映」よりも、国民が参加して出した結論という「旗」の方に意味があるのではないか、と。国民参加の「旗」印の前に、国民を沈黙させる、つまりは裁判批判をかわすことができる、ということです。

     実は、戦前の陪審制導入に際して、当時の天皇制国家のわが国でもこれと同様の理屈が推進派から言われています。推進派の江木衷の主張は、天皇の名による裁判での思想犯、政治犯としての刑事犯罪者の糾弾が、国民一般に権力の横暴を印象づけ、天皇中心の政治体制を崩壊させることにつながるから、陪審によって糾弾する民主的手続を国民に納得させ、天皇制批判を回避させるべき、というものでした。つまりは、この主張に立てば、陪審制は天皇制維持のための装置、司法制度を民主主義的にカモフラージュするためのトリック装置であったということになります(中原精一「明治憲法下の陪審制と憲法論」)。もっとも、これについては、天皇制国家でこの制度を飲ませるための、方便だったという見方もできなくはありませんが。

     裁判員制度がそうしたことに使われる危険性について、杞憂という人もいるでしょうし、あくまでそれよりも国民の常識反映という「大義」の方を強調される人もいると思います。ただ、最近、意外なところで、その危うい感じを目にすることになりました。

     死刑確定者3人の死刑を執行した小川敏夫法相の3月29日の記者会見での発言です。

      「犯罪に対しどのような刑罰で臨むかということは、国民が決めることであると思っております。すなわち、刑罰権は国民にあると思っています。そうした観点からいうと内閣府が行った世論調査でも85パーセントの国民が死刑制度の存続を支持していると、とりわけ裁判員裁判は刑事裁判に国民の声を反映するということで導入された制度でございますが、まさに国民の声を反映するという裁判員裁判においても死刑が支持されているということを非常に重要な要素と考えまして、私は元々法務大臣の責任といたしまして、死刑を執行するという法律の規定になっているわけでありますが、こうした観点から私は職責を果たすべきというふうに考えまして、本日、3名について死刑を執行した次第でございます」

     世論調査結果と併せて、国民が参加している裁判員裁判で死刑が支持されている、と。このことが「非常に重要な要素」として、職責として執行命令を出す彼の背中を押した、ということをおっしゃりたいようです。果たして裁判員裁判での死刑判決をもって、死刑制度への世論支持を振りかざせるのでしょうか。そもそもこの制度には、無作為に抽出された国民の意見が、国民一般の見解であったり、平均的見方であったり、ましてや国民の「代表」であったりするように、とらえようとしているのではないか、という根本的な危うさがあります。

     しかし、少なくとも、この日、小川法相が使ったのは、国民を沈黙させ、納得させるための「裁判員制度」と書かれた「旗」のように見えます。裁判員裁判の下で死刑判決が出る限り、指摘されているような情報公開以前に、この国の死刑制度は国民的基盤を維持していることにされかねません。

      「司法制度を民主主義的にカモフラージュするためのトリック装置」として、裁判員制度という「旗」が使われる危険性に、やはりわれわれは注意を払う必要があります。


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    テーマ : 刑事司法
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    まとめtyaiました【「裁判員制度」というトリック装置】

     民主主義社会においては、しばしば「民意」は「錦の御旗」になります。それは、権力の正統性を民意に求めるということではなく、「民意」の「旗」を振ることに求めることといってもいいと思います。残念なことに、そのことがこの社会で、大衆を服従させる、もしくは沈黙...

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    プロフィール

    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
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