弁護士会「経歴表示禁止」決議が教えるもの

     1948年(昭和23年)3月15日、第一東京弁護士会は定時総会で、次のような内容を盛り込んだ決議を原案通り、可決しました。

      「本会会員は名刺、標札、看板、新聞等に自己の官歴又は経歴を表示してはならぬ」

     弁護士が自らのプロフィールを、たとえなんら虚偽のない、事実であったとしても、表示するな、という話です。一見、異常のようにもとれる弁護士会のこの方針決定には、もちろん理由がありました。決議に先立つ同年2月17日の常議員会記録に次のような記述があります。

      「近時官辺筋ヨリノ入会者多ク夫レ等ノ者ガ前官職ノ肩書ヲ故ラニ名刺ニ記載利用シ、事件依頼者或ハ世人ヲシテ右官職ニヨリ情実ヲ以テ検察、裁判迄ヲモ左右シ得ルガ如ク誤解セシムル虞アル名刺ヲ使用スルモノアリ」

     要するに、元検察官、元裁判官の肩書で、裁判などを「情実ヲ以テ」、つまりフェアじゃない形で、裏技を使えるようなことをアピールして、依頼者を引きつける弁護士が横行したことを示す内容です。

     実は、これには背景があります。最高裁判所が発足した1947年を中心に発生した会員の急増です。1923年(大正12年)の創立当初、358人だった第一東京弁護士会の会員は、1933年(昭和8年)ころに500人に達しますが、1937年の日中戦争勃発を契機に漸減し、太平洋戦争中は400人弱まで減少していました。それが、1946年から急増、1947年には514人になります。その入会者の経歴はさまざまで、戦時中任官して外地にいて復員した再入会組、戦時中判、検事で敗戦を契機に弁護士に鞍替えした転身組、公職追放その他の事情で下野し、弁護士に将来性を見出した新参組などがいたとされています。

     どうもこうした状況と敗戦による経済的な困窮が、前記したような弁護士の横行につながっていると弁護士会側は見ていたようです。若手の入会者ではない大量の新人の入会で、これまでに想定していなかった綱紀問題が生じたということです。また、会史にはこんな記述もあります。

      「敗戦の痛手によって、当時の国民生活は極度に窮乏化した。それにともなって動議は退廃し、世相はけわしくなった。このような時代に、弁護士だけが孤高を保って、汚辱の外にいることは困難である」(第一東京弁護士会「われらの弁護士会史」)

     後段は、見方によっては、やや弁解めいているようにも、また、正直すぎる感想のようにもとれる表現ですが、要するにそれが現実だったということでしょう。会史によれば、こうした問題では、他会も頭を痛めており、第一東弁に対処方について照会があったことも記されており、当時、弁護士会全体で深刻な現象となっていたこともうかがえます。会内では会員相互の「親睦」「統制」からみた弁護士会の適正規模の問題とする議論もあったようで、粛清の実を上げるために、会員数500人程度に維持するため、一般入会者を制限する措置まで提案され、会員に協力を求める通知がなされたといいます(前掲書)。

     さて、冒頭のかつて第一東弁が決議した規制は、広告を原則解禁し、弁護士の情報を公開する必要性がいわれる今の時代には、およそあり得ないもののように思われるかもしれません。ただ、どうもそうでもありません。日弁連の弁護士の業務広告に関する規程の第3条3号には、弁護士に禁じる広告として「誇大又は過度な期待を抱かせる広告」を挙げ、また、先ごろ改定された業務広告に関する指針は、「裁判官や検察官と一定の関係にあることを示唆して、事件が有利に運ぶような期待を抱かせる表示を含む広告」(第3 ・7(2)ア)「役職又は前履歴を表示し、その役職又は前履歴によって特に有利な解決が期待できることを示唆する」表示(同・11(2))をアウトとしています。

     つまり、「情実ヲ以テ」結果を左右させられるということを匂わせる手口は、弁護士という仕事の問題事例として、現在も想定内のものだということになります。少なくとも、依頼者の心情として、特別な「裏技」を期待するものがあるのもまた事実ですし、「情実を以て」何かをやるかどうかは別にしても、過去の経歴を名刺等に刷り込んでアピールする弁護士が存在することも事実です(「弁護士にとっての『肩書』」)。

     弁護士の経済的困窮、そのなかでなりふり構わず依頼者を引きつけようとする弁護士の登場と彼らのアピールへの規制、そして適正規模としての数――。「弁護士だけが孤高を保つ」ことは許されなくなったともとれる時代到来のなかで、今、奇しくも64年前と同じテーマで頭を悩ましている弁護士たちの姿を見ているように思えてきます。そして、そう見てしまえば、弁護士という仕事のもろさや、危うさもまた、歴史が教えているような気持ちにもなってくるのです。


    ただいま、「次期日弁連会長に求めるもの」「今、必要とされる弁護士」についてもご意見募集中!
    投稿サイト「司法ウオッチ」では皆様の意見を募集しています。是非、ご参加下さい。http://www.shihouwatch.com/

    司法改革に疑問を持っている人々ための無料メールマガジン「どうなの司法改革通信」配信中!無料読者登録よろしくお願いします。http://www.mag2.com/m/0001296634.html

    にほんブログ村 士業ブログ 弁護士へ
    にほんブログ村

    にほんブログ村 その他生活ブログへ
    にほんブログ村



    人気ブログランキングへ

    スポンサーサイト

    テーマ : 弁護士の仕事
    ジャンル : 就職・お仕事





    コメントの投稿

    非公開コメント

    プロフィール

    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
    またまたお陰さまで第3弾!「司法改革の失敗と弁護士~弁護士観察日記Part3」
    河野真樹
    お陰さまで第2弾!「破綻する法科大学院と弁護士~弁護士観察日記Part2」
    河野真樹
    「大増員時代の弁護士~弁護士観察日記Part1」

    お買い求めは全国書店もしくは共栄書房へ。

    最新記事
    最新コメント
    最新トラックバック
    月別アーカイブ
    カテゴリ
    検索フォーム
    RSSリンクの表示
    リンク
    ブロとも申請フォーム

    この人とブロともになる

    QRコード
    QR