検察作「雪の朝」の扱われ方

     朝日新聞4月16日の「天声人語」は、こう言っています。

      「誰の知恵なのか、論告で『雪の朝』を持ち出した検察は大胆だった」

     さいたま地裁で死刑判決が出た首都圏連続不審死事件の裁判員裁判での、3月12日に行われた論告求刑公判で、起訴された3件の事件すべてで、直接証拠がなく、間接証拠による判断を迫られている裁判員に対し、検察官が言った比喩の話です。朝日は、ここでは詳しく引用していませんが、検察官は次のような趣旨を述べたとされています。

      「窓の外には夜空が広がっている。夜が明けると、雪化粧になっている。雪がいつ降ったかを見ていなくても、夜中に降ったと認定できる」
      「誰かがトラックで雪をばらまいた可能性もあるが、そんな必要もないし、健全な社会常識に照らして合理性もない」

     後者は、「疑わしいだけの場合は、被告人に有利にならなければならない」と無罪を主張する弁護側の冒頭陳述に触れて言われたといいます。この検察官の喩えの効果を「天声人語」氏はいいます。

      「粗い例え話に背中を押された裁判員もいただろう」
      「間接証拠だけで罪に問えるという主張は、裁判員を鼓舞するかに聞こえた」

     しかし、もし、この喩えの分かりやすさが、「天声人語」氏が言う通り、裁判員へ効果をもたらしたとすれば、それはやはり二つの意味でひっかかります。一つは、いうまでもなく、この発言は、「疑わしい」程度を図るうえで、抑制する方向で、裁判員に例示していることです。結論において、「雪化粧」の喩えは、トラックでまいたというケースを、あたかも極端に可能性の低い例として取り上げ、その必要性を排除していることになります。

     これは、むしろ、「疑わしい」可能性への思考停止を促しやすくする危険はないでしょうか。「疑わしきは被告人の利益に」という原則について、その「疑わしい」程度とはどのくらいのものなのかを裁判員が分からないために喩えられたもの、という見方がありますが、「疑わしい」程度で、裁判員が悩むというよりも、むしろ「疑わしい」ことで有罪に心証が傾くところをどこまで被告人にプラスにとらえるものを見ることができるのかの方が、いきなり裁く側に立たされた者にとっては難しい課題とみることもできます。

     そして、もう一つ引っかかる点は、検察官がここで「健全な社会常識」を持ち出していることです。「健全な社会常識」の反映を期待し、それに基づいて裁けと迫られている裁判員に、前記「雪化粧」の例えに被せれば、「トラックで雪をばらまいた」まで可能性を考えるのは、そうしたこの裁判が求めている形には当たらないというメッセージを送っています。つまり、ここでは「健全な社会常識」に基づいて裁くこと自体を、抑制的に例示しているといってもいいのではないでしょうか。

     これも、他の裁判員裁判で、およそ市民が疑問を持ったものについて、あるいは自分の考えは、「『トラックで雪』の類か」と思えば、それは「健全な社会常識」として自分が裁く裁判では通用しないと考えるかもしれません。間接証拠による判断への慎重さを、やはりぐらつかせる危険もあるように思います。

     ただ、この喩えを「大胆だった」と評した「天声人語」氏は、今回、どうもそういうことをおっしゃりたいのではないようです。こういう言葉で締めくくられています。

      「男性観や金銭感覚を『反省』し、生き直したいと訴える女性を断罪するには、相当の覚悟と得心がいる」
      「裁判員制度の『耐久力』も試された。もっとも『振る雪』を語る直接証拠が一つでもあったら、市民にこれほどの負担をかけずにすんだ。法廷らしからぬ文学的な例え話も、判決が言う被告の『不合理な弁解』も不要だった。ずさんな初動捜査が悔やまれる」

      「天声人語」氏がここで言いたいのは、喩え話の危うさではなく、裁判員の負担のようです。有罪の結論を導くために、結果として、裁判員の「背中を押」しを「鼓舞」する、この喩えは致し方なかったが、直接証拠さえあれば、裁判員の負担も、この喩えもなくて済んだ、そう考えると、悪いのは捜査当局だ、という結論のようです。むしろ100日という長期審理の負担を、こうした喩えに支えられながら、裁判員が乗り越えた、とみて、制度の「耐久性」が実証された、ということの方を注目したいようです。

     翌日17日の「朝日」社説には、やはり「100日裁判員」の労苦に敬意を表するとともに、今回の裁判員裁判を一つの実績として評価し、「制度論をたたかわせるよりも、運用面の改善と充実にこそ多くの力を傾けるべき」とする主張が掲げられました。

     今回の「天声人語」の見方にも、やはり制度の存続と、「裁く側」の負担にとらわれて、肝心の裁判としての危うさが二の次になっているような気持ちにさせられる、朝日らしい裁判員制度観が、ちゃんと反映しているように思えてきます。


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    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


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