裁判官の手の内にある適正裁判

     昨年、千葉地裁の覚せい剤取締法違反・関税法違反の否認事件の裁判員裁判で弁護人を務めた指宿昭一弁護士の話が、「裁判員制度はいらない!全国情報」第29号に掲載されています。覚せい剤の入ったスーツケースを国内に持ち込んだという客観的な事実に争いがないが、被告人はスーツケースに覚せい剤が入っていたことは知らなかったと主張している、というよくあるケースです。管轄区域内に成田空港がある同地裁では、同様の事案が多いそうです。

     指宿弁護士は、裁判員にとって、そもそもこの事実関係を把握するのに困難な事案を、実質2日間の公判で理解できるのか、不安だったとしていますが、彼はこの公判での体験を驚きをもって報告しています。

      「驚いたのは、裁判員と裁判官の補充尋問だった。裁判員が明らかに不当な尋問をしても裁判官は止めない。それどころか、裁判官が証拠上あいまいな事実を前提とした不当な尋問をする。弁護人は、裁判員や裁判官の尋問に対して、何度も異議を出さざるを得なかった」

    さらに気になることが、書かれています。

      「弁護人の主張は、被告人が運び屋として利用されたというものであった。これを立証するのは困難であるが、弁護人は無罪であることの立証までする必要はなく、合理的な疑いが残ると言えれば、無罪判決をすべき事案であった。しかし、この刑事訴訟の大原則を、裁判官が裁判員に対し、どの程度説明しているのか、まともに説明したとしても、裁判員がそれを理解していたかは完全に不明である」

     前者の不当尋問にしても、また後者の弁護側の立証の受けとめ方にしても、ここで問われているのは、大前提としての裁判所側の十分な説明と、裁判員側の十分な理解です。これが担保されない裁判の結論がどういうことになるのか、それが適正な裁判の安全を保証するものなのかという問題です。

     指宿弁護士は、この裁判員裁判で、少なくとも被告人の有罪立証について合理的な疑いが残るというところまで持ち込めたとして、無罪判決に期待しますが、判決は有罪。しかも、驚くことに、被告人が運び屋として利用された根拠として弁護側が示した事実についての判断が欠落していた、というのです。被告人を説得するような説明もなく、一蹴されてしまった形です。

     前記事情からも、裁判官にとっては、手慣れたいつもの事件、検察官も事務的にこなしているようだったと、同弁護士は印象を書き残しています。

     指宿弁護士の報告が伝えるのは、裁判員裁判の二つの怖さです。一つは、適正な裁判を担保するための大前提が、実は裁判所の手のうちにあるという現実です。裁判員に対する説明の有無からさじ加減、それをどの位徹底し、現実的に浸透させるのかは、結局、裁判官のリードによるということになります。理解が不完全であることの責任は、強制的に引っ張り出され、訓練もなく、短期間に実行に移されている裁判員にはないはずですが、判決に関与したという事実と責任だけは彼らに回って来るという、この制度の現実でもあります。

     そして、もう一つの怖さは、この裁判が、裁判として日常的に行われて、そして問題視されることなく、事件が処理されているという現実です。

     順調といわれている裁判員裁判で、現実的には今、何が行われているのか。大マスコミが伝えない、理念やあるべき論に脚色されていない現実に、われわれはもっと目を向ける必要があります。 


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    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


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