「国際的」弁護士必要論の通用度

     ダイヤモンド・オンラインが特集連載「弁護士界の憂鬱 バブルと改革に揺れた10年」の第4回で、国際法曹協会(IBA)会長の川村明弁護士のインタビュー記事を掲載しています。この中で、彼は、司法制度改革は基本的に正しいが、一つだけ間違っていたのではないかと思う点として、弁護士養成を司法研修所に一本化した「統一修習」を挙げています。

      「司法試験合格者数毎年3000人への増員という政策目的には、さまざまなバックグラウンドを持つ、多様な能力を持つ法曹のプロフェッションを輩出するということがあった。しかし、これを、みんな一緒にして1年間最高裁の裁判教育を受けさせる。そこに時代の要請と供給のミスマッチがあるのではないか」
      「いまの法曹養成制度は、『裁判実務家養成制度』になってしまっている。裁判は、言うまでもなく法律家の全ての仕事の基盤だ。裁判実務の能力はもちろん必要だ。しかし、3000人全部を画一的に裁判専門家に育てる必要があるのか疑問を感じる。司法研修所が育成している『裁判実務家』は、企業や社会が広く必要としている法律プロフェッションのニーズにマッチしているのか、ということだ」

     統一修習は、合格者を集めて優秀な人間を引き抜く裁判所・検察側のリクルーティングの場としての機能があったり、弁護士会側には「法曹三者の一体感が司法独立の要」という意識が強かったことから維持されてきたが、3000人時代にはミスマッチというお考えのようです。

     彼のこの考えを支えているのは、「法廷に立たない弁護士」の必要性です。企業はどんどん海外へ進出し、M&Aや業務提携など、国境を超えて法律のプロフェッションが担うべき役割が増えており、日本も国際政治や経済の重要な交渉のテーブルに就けるような弁護士を増やしていくべき。弁護士たちは、そういう役割を担っているということを意識するべきだし、弁護士界は国際的な集団に生まれ変わるべき――。

     IBA会長らしいというべきか、「国際的」に活動する弁護士の姿を強調されています。彼についてダイヤモンド・オンライン編集部記者は、前書きで「世界基準で弁護士界がどうあるべきかという視点を持っている」人物と紹介していますが、そうだとすれば、これが「世界基準」から導かれた答えということになるのでしょうか。

     こうした国際的な弁護士として企業のニーズにこたえていく法律プロフェッションを育てるという意味では、「みんな一緒にして1年間最高裁の裁判教育を受けさせる」統一修習はミスマッチだ、という彼の論を読んで、あることを思い出しました。昨年、司法修習不要の本音を吐露して、ネット上で話題となった新司法試験合格者のブロクです(「司法修習不要論への足音」) 。

     既にこのブログは見ることができませんが、渉外弁護士志望とみられる彼はこう嘆いていました。

      「司法修習に向けて勉強は一切していません。どーせ刑事訴訟なんてやらないし、民事訴訟も知財しかやらないだろうし・・・。ただで1年も拘束されて、生涯年収を減らされて、司法修習制度はマジで渉外弁護士にとっては懐疑的な制度としか言いようがない」
      「司法修習の合間に就活している修習生、刑事弁護・検察官を志望する修習生、と一緒に勉強会をやって、同じような意識を持って、先端的な議論を展開することができるのだろうか・・・。結局一人での勉強なら仕事しながらのほうが得ることが多いのではないか・・・。なんだか司法修習に魅力を見出すことができない」

     渉外弁護士を目指す自分が、自分とは違う志望者たちと席を並べて果たして役に立つ勉強ができるのか、1年間が無駄というような言い方でした。そして、彼の言にも、こうした修習への評価は、「結構前から、企業の法務部関係者とかは強く主張しているところ」という見方が出てきます。

     川村弁護士の主張と被せれば、前記「ミスマッチ」からくる志望者の当然の嘆きということになるのでしょうか。前記志望者のブロクには、当時、驚き、あきれた先輩弁護士たちもいましたが、案外、川村弁護士のような見方をする弁護士の方々からすれば、「気持ちは分かる」くらいの評価になるのかもしれません。

     また、逆に言うと、川村弁護士がこのインタビューで展開されている弁護士のあるべき姿が社会に伝わり、当然、そのメッセージを受け取って、この世界を目指す志望者は、このブロク氏のような発想になっても、何の不思議もありません。国際的な課題に対応できる「法廷に立たない弁護士」こそ、この3000人時代に必要とされる弁護士なのですから。

     しかし、根本的なことが気になります。そういう話だったのかと。国際弁護士、企業ニーズにこたえるために、この3000人の激増政策が行われたという話、あるいはそのニーズから逆算されて、本当にこの数が出てきたという話だったのかと。「二割司法」といわれた機能不全の中に描き込まれた大量の大衆のニーズ、そして、それに対応する弁護士が必要という話はどうなってしまったのでしょうか。

     もちろん、経済界や企業ニーズにこたえようとする弁護士は、初めからこの激増政策に、彼らの目的を描き込んでいたと思います。以前にも書きましたが、弁護士の仕事を人間の体に例えて、在野法曹、弱者救済を掲げて活躍する弁護士を、毒素を運び出す「静脈系」弁護士、企業をサポートするのは「動脈系」弁護士として、後者が決定的に不足している、と言った企業系弁護士もいました(「『企業ニーズ』に寄りかかる増員論」)。

     まずは、この「改革」の描き方、あるいは伝えられた目的と現実がはっきりされなければなりません。一体、この国にどういう弁護士を、誰のために増やす話が、この激増政策につながったのか――そこをはっきりさせないことには、市民の側からは、やはり簡単に「ミスマッチ」という結論は出せません。


    ただいま、「次期日弁連会長に求めるもの」「今、必要とされる弁護士」についてもご意見募集中!
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    各職業団体は抵抗するだろうが

    他ブログですが、黒猫先生がlawyerと弁護士が異なると指摘されているように、都合のいいところだけ両者を同一視するという詭弁が散見されるところを見ると、いっそのこと、行書や司書等を含めた法曹資格を統合して、lawyer(どの国を基準とするかという問題はありますが、一般的にはアメリカでしょうか)と範囲がほぼ同じ資格を作ったほうがいいかもしれませんね。
    その中で、業種や訴訟業務は、その中の内部資格とする。運転免許の大型みたいなものですかね。
    さすがに、企業法務士とか新しい資格を作るのは、大学や官僚のビジネスにはいいかもしれませんが、いい加減にしろって気もしますしね。

    じゃあ法廷以外の業務独占をやめろ

    吐き気がする連中です。
    法廷以外で法律事務の仕事をする人間が欲しいのなら、弁護士法72条を改正すればいいだけでしょうが。隣接士業に法廷以外の代理権を認めるか、あるいはイギリス式に事務弁護士を新設して以後は法廷弁護士と住み分ける(旧弁護士は特例で両資格を持つことにする)のでもいい。事件性不要説などという恥知らずな論法を振りかざして、どんな些細で幼稚な事務仕事でも独占をやめようとせず「とにかく弁護士を増やせ。駄目な弁護士は競争で淘汰されるからいいんだ」などと力説する連中は、私から法曹界への敬意を奪い去るだけにとどまらず、大金をかけても大半の入学者が弁護士にも何にもなれない奇怪な自称大学院をでっちあげて満天下に押し付け、日本の法曹界そのものを破壊し去ろうとさえしているようだ。

    そういうことは、改革をする前に言うべき

    全くその通りだと思います。

    結局、最近多い司法改革を正当化する理由というのは、ほとんどが後付けですね。
    市場原理からの正当化も後付けです。

    研修所の話も、そうしたいのであれば司法審の段階で決めるべき事柄でしょう。
    論者の主張するような制度ができていないのは、そのようなものとして制度設計がされていないわけで、少なくとも現状の改革には(激増政策も含めて総括的に)反対すべきなのだと思います。
    それを、「弁護士が増えた(増える)」という結論だけ見て、これを自分に都合良く好き勝手に解釈しているから、議論がおかしくなるのだと思います。雪渓の形を見て、「あれは馬だ鹿だ」と言っているのと変わりないと思います。

    そもそも現行司法改革が、抽象論に留まり、具体面に向き合ってこなかったことが最大の問題だとは思います。法学でも抽象的規定ほど百人百説で様々な解釈が入り乱れるものですが。

    結局、この司法改革は何をしたかったのか。具体的に何も見えてきません。抽象論ばかりで芯がないのです。その中で、唯一具体的に見えてわかりやすいものが弁護士激増という事象だけだから、諸論者は、これにすがって理由を付けて正当化しようとするのだと思います。
    プロフィール

    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
    またまたお陰さまで第3弾!「司法改革の失敗と弁護士~弁護士観察日記Part3」
    河野真樹
    お陰さまで第2弾!「破綻する法科大学院と弁護士~弁護士観察日記Part2」
    河野真樹
    「大増員時代の弁護士~弁護士観察日記Part1」

    お買い求めは全国書店もしくは共栄書房へ。

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