刑事弁護士が味わった「勾留」という暴力

     壇上の彼が話し出すと、弁護士で埋め尽くされたシンポ会場は、水をうったような静寂に包まれました。会場の誰もが、彼が置かれた、この10ヵ月の「境遇」は知っていて、これから明らかにされるであろう、彼の味わった現実に身構えているようでした。

      「皆様の力で私を引きずり出して頂いた。身柄拘束を力で打ち砕いて頂いた」

     彼、安田好弘弁護士の低く、通る声が会場に響き渡りわたりました。彼は主任代理人としてかかわっていたオウム真理教事件公判中である1998年12月、別の事件で差し押さえ執行される財産を隠匿したとして強制執行妨害罪の容疑で逮捕され、約10ヵ月にわたり勾留されました。この間、度重なる保釈請求を裁判所ははねつけ、東京地裁が許可を出しても、検察の抗告を受けた東京高裁は3度にわたり、許可を取り消しました。

     最高懲役2年の同罪に対する異常な対応に、日弁連会長のほか各地の弁護士会会長の抗議声明が相次ぎました。1999年9月、彼は保釈され、この日のシンポは、保釈後まもなく、初めて多くの弁護士の前で彼が口を開いた場でしたが、事件そのものについてではなく、彼の勾留体験が語られるものでした。

     この日の彼の発言は、非常に印象深く、記憶に残っています。その理由は、ベテランの刑事弁護士が自らの勾留体験を語る、数少ない機会であったことと同時に、やはり語られた彼の置かれた状況と、その心情にありました。

     彼が自らの身柄について、「関与」できたのは、1998年12月8日の勾留質問の時、ただ1回だけだったといいます。

      「(その時)私は『勾留決定を出すのならば、その理由を明らかにされたい。罪証隠滅の理由に対しては反証したい。さらに、場合によっては、その理由を払拭するに足る約束もしましょう』と言った。しかし、裁判官は一切それにこたえることなく、私の発言を『記録するように』とだけ言った」

     彼は24時間、厳正独居拘禁に置かれます。それは刑事弁護のプロから見ても、「自由刑の執行と変わらないもの」と言わせしめるものでした。

      「私は番号で呼ばれる。彼らは、私の眼の前で『入れときます』『おい』『こら』としか言わない。これは、屈辱でしかない。私は物ではない」

     刑事弁護士として、何回も訪れたはずの接見室も、その遮蔽板の内と外では、全く違う世界に見えたことを彼は、こんな風に語りました。

      「私は、初めて気が付いた。アクリル板があることによって、(人の会話は)全く違う。人間の言葉か活字になり、印字されて飛び出してくる。細かい打ち合わせは不可能な状態だった」

     そして、この日の彼の発言のなかで、最も印象に残っているのが、絶望的な状況に対する彼の気持ちを言い表した、次の言葉でした。

      「私は確定囚を見てうらやましかった。彼らは罪状を証明され、有罪の認定を経て、刑期という確実に解放されるまでの期間が定まっているから」

     会場にいた私は、その時、満場の同業者たちが、彼の叫びをどんな風に聞いているのだろうと思いました。実は、安田弁護士の体験は、刑事司法を語り、それを担っている弁護士の、ごく身近で起きている「日常」でありながら、安田弁護士という、「特殊な犠牲者」によって語られなければ、おそらく耳を傾けられない「日常」かもしれない、と思えたからでした。

     この日のシンポでは、「人質司法」ということが、ひとつのテーマになっていました。「人質司法」とは、身柄の長期拘束によって、自白や警察・検察の意に沿った供述を得る形になっている現行刑事司法制度の問題を指摘した言葉です。しかし、安田弁護士は、この日の発言で、「『人質司法』という言葉は現状を言い尽くしていない。勾留はむき出しの暴力だ」と言い切りました。

     彼が降壇した後、発言に立った論者たちは、さすがに彼の強烈なメッセージの後だけに、自分が発言を予定していた原稿にあった「人質司法」という表現を使うことに躊躇している風に見えました。

     壁を隔てた「現実」は、多くの市民の認識を越え、あるいは弁護士でさえも感じとれない形で、存在していることを、あの日の彼の発言は教えてくれたように、今も思えるのです。


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     壇上の彼が話し出すと、弁護士で埋め尽くされたシンポ会場は、水をうったような静寂に包まれました。会場の誰もが、彼が置かれた、この10ヵ月の「境遇」は知っていて、これから明らかにされるであろう、彼の味わった現実に身構えているようでした。  「皆様の力で私を...

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    ありがとうございます

    清高さん

    ありがとうございます。
    今後ともよろしくお願いします。

    拝読しました。

    拝読しました。

    印象深かったので、ツイッターで紹介させていただきました。

    http://twilog.org/kiyotaka1974

    プロフィール

    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


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