「敷居を低くする」競争のリスク

      「敷居が高い」とは、本来は「不義理や不面目のため訪問しづらい」という意味だそうで、ニュアンスとしては、一度訪問したことがある人間が再訪問しづらい状況を指しているようです。不相応での困難さという意味では、「ハードルが高い」という言い方との混用もいわれています。

     そう考えると、いまや弁護士という仕事に、当たり前のように当てはめられているこの言葉の使い方は、少なくとも本来意味においては、ずれているということになります。いうまでもなく、これが弁護士についていわれるのは、初めて門をたたく市民が、敬遠したくなるような弁護士側の「受け入れ」態勢の問題を指しているわけで、市民側が自らの不義理などで気おくれしている話ではなく、100%弁護士側の責に帰すべき話とされているからです。

     では、弁護士についていわれる「敷居が高い」という状況は、具体的にどういうことが問題になっているのでしょうか。それは要するに、弁護士に対する市民アクセスの阻害要因ということになります。

     一つはおカネの問題。市民側の高い費用負担がネックとみれば、低額化は当然の要求になります。もう一つは、情報の問題。実は、おカネの問題もむしろこちらの問題ととらえる見方があります。つまり、どのくらいおカネを取られるのか分からない、取られるのではないかという不安が、門をたたきにくくしていると。さらに、弁護士自身に関する情報不足いわれます。日本司法支援センターの登場で、出会いの環境は変わってきたという見方もありますが、依然、どうすれば自分の抱える問題を解決するのにピッタリの弁護士と出会えるのか、そのための情報は不足しているとの声を聞きます。誰を信じていいのかも分からない。紹介者がいればいいが、飛び込むのには勇気がいる、ということです。

     そして、弁護士側の姿勢の問題。現実的に市民に対する接し方が、横柄であったり、上から目線であったり、威張っていたり。いわゆる、先生職業丸出しの態度では、もちろん依頼者側は気おくれします。市民が気楽に接することができない姿勢を、弁護士側がとっているということです。

     これらのなかには、もちろん弁護士が直視すべき課題が含まれています。ただ、こう見てくると、弁護士の「敷居が高い」ことについての問題が、ある一つのマジックワードで解消していくようにも見えてしまいます。それは「サービス業」ということです。弁護士のサービス業としての自覚は、より安くサービスを提供する低額化の競争を生み、費用や弁護士個人にかかわる能力に関する情報を顧客誘因のために、積極的に開示する方向につながり、当然、客商売として自覚は、腰の低い態度への心掛けとなって現れ、そして、より気楽に簡単に出会える環境を構築・演出することになる――。

     そんないいことずくめのような話ともなれば、それはまた、こうした自覚の度合いにおいて、弁護士の「心得違い」を言う批判が現れてくることも、当然といえば当然のように思えてきます。

     ただ、現実はどうもそんなきれいな形で収まるとはいえない面があります。今、弁護士と彼らを知るその周辺からは、この「敷居が高い」という問題をめぐり、大きく二つの疑問が言われ出しています。

     一つは、「弁護士が激増すれば、低くなるのか」ということです。そもそもアクセス阻害といっても、弁護士過疎問題でいわれているような「身近に存在しない」ということと、必ずしもこの問題は一致しません。弁護士がそこにいて、電話帳でもいまやネットでも所在が分かっていても、市民側から踏み込めない壁の問題でもあるからです。弁護士の数をあふれさせれば、どうにかなるのか、という疑問です。

     もちろん、ここで弁護士増員を肯定する側は、前記マジックワードたる「サービス業」への自覚を醸成させるのは、結局、増員が生み出す競争という環境だと言うでしょう。しかし、そこがまた、評価の分かれ目です。

     それは、もう一つの疑問として言われていることにつながります。つまりは、「低くすればいいのか」ということです。サービス業への自覚、競争による生き残りをかける弁護士の自覚とは、現実的にはより弁護士がより利潤を追求するためのものにならざるを得ません。余裕のなさは、よりカネになる案件に弁護士を向かわせることにもなります。こういうと、必ず「これまでの弁護士だってそうではないか」という言葉も返ってきます。しかしこの環境は、よりその裾野が広がることも意味します。

     こうした中で、「より敷居を低く」する競争が、本来の利用者のアクセス障害を解消するということと同時に、最終的に市民のための正当な解決を導き出すことにつなげられるのか、不利益にならないのかということについて、同業者を見る当の弁護士の中から、不安の声が聞かれるのです。

      「低くする」競争によって、よりそこが分かりやすい選択の基準になった時に、結局、弁護士の「商売」に市民がからめとられる危険がないのか、ということです。弁護士と市民の間の情報や知識の不均衡、次がない一回性の関係、さらにはそれで失う市民側の損失の大きさ。そうした特殊な環境を考えた時に、そのリスクを自己責任として市民に被せるのは、果たして幸せな形なのかということでもあります。いつのまにか弁護士の責の話ではなくなるのです。

     どの世界でも「勝ち組」「負け組」というとらえ方がありますが、これは必ずしも経済的成功している弁護士に対する、そうでない弁護士のやっかみのようにとらえることはできません。というよりも、そうしたとらえ方そのものが、最終的に依頼者・市民のためになるようにも思えないのです。

     多くの弁護士が今、「敷居が高い」という課題にも、「サービス業」としてのあり方にも向き合い、自覚し始めているのも事実です。それがすべて誤りということでもありません。反省すべきところは率直に反省すべきです。ただ、私も含め、普通に弁護士に当てはめてきた「敷居が高い」という課題は、どう解消されるのが依頼者・市民のためになるのか、今の方向性でいいのかを、もう一度、ここで考えてみる必要があるように思います。


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    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


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