日弁連会長任期と選挙制という課題

     日弁連会長の任期は現在2年間で、会員弁護士による直接選挙制がとられています。これまでにこの二つの制度のもとで、17人の弁護士が日弁連会長になっています。しかし、かつて日弁連は、この二つの制度ではないもとで、会長を選出していました。任期2年制は1980(昭和55)年度からでそれまでは任期1年、直接選挙制は1975(昭和50)年度からで、それまでは代議員による間接選挙が行われていました。従って、直接選挙に移行してからも、任期1年だった会長が5人います。

     この二つの制度の改革を、当時の日弁連は、重要な機構改革と位置付けていました。会員の直接投票による選挙は、いうまでもなく会内合意形成への「民主化」というとらえ方になり、任期2年制は会務の継続性を主眼に置いたものでしたが、この背景には1960年代の臨司問題がありました。

     弁護士会悲願の法曹一元が取り上げられた1962年発足の政府の臨時司法制度調査会(臨司)は1964年、その意見書で法曹一元制度を評価しつつ、基盤未整備を理由に棚上げします。この時、制度導入の条件となったなかには、法曹人口の増員や偏在など、今回「改革」メニューにもつながるものが含まれていたのですが、日弁連はこれ以降、必ずしもストレートに、その「改革」に入っていったわけではありませんでした。

     1960年代後半、日弁連は、現行官僚制度の改善を基礎においた臨司意見書による官僚制度強化の方向と対決する道を選び、同意見書批判とともに、最高裁と対立する時代に入ります。

     実は、前記日弁連の2つの制度も、この時代から生まれたとみることができます。司法の民主化を叫び、法曹一元を実現するために、日弁連の機構強化が必要という発想になったということです。会内の「民主化」と継続的な会務の確保は、日弁連を強化し、引き締めるためのものとして、前記対決姿勢のなかで議論されはじめ、誕生したのです。

     もう一つ、この制度が生まれる背景となる会内事情を挙げるとすれば、それはもともと会内にあった日弁連の意思決定への不満です。実はあまり知られていませんが、任期1年になる前、日弁連会長が任期2年だったことがありました。ただし、それは1924年就任の初代会長・有馬忠三郎弁護士、ただ一人です。

     1925年に日弁連は、早々にこの2年任期を1年に改める会則改正をしています。その理由は、会長職につく弁護士の負担軽減と、地方弁護士会会長任期1年との整合といったことが挙げられています。ただ、間接選挙・任期2年でスタートを決めた1924年の会則制定をめぐる動きを見ると違ったものも浮かんできます。

     日弁連設立に向けては、全国準備委員会が設けられましたが、その原案作成と議論は、やはり東京三弁護士会が中心になっていたことが、史料からもうかがえます(第一東京弁護士会「われらの弁護士会史」)。そこでは、総会や代議員会の位置付けで三会の意見が割れました。

     代議員は弁護士会を代表する会代表と、会員を代表する会員代表の二つが存在しましたが、原案は①会代表は会員数にかかわらず3名②会員代表は会員50名で1名、50名増すごとに1名③代議員任期2年としていたのに対し、第二東東京弁護士会が、①会代表は100人まで1名②会員代表は会員100名まで3人、100名増すごとに1名③代議員任期1年という修正案を出します。

     この第二東京弁護士会の修正案は少数会に有利として、他の東京二会からの反発を受け、結局、撤回を余儀なくされています。第二東弁は、それ以前にも、議決機関として総会のみを置き、代議員制を認めず、総会の構成は全国の弁護士会で議決権は各一個とするような提案もしており、なぜか東京有利になる議決の形に抵抗しているところが見られます。

     いずれにしても、日弁連では当初から、東京を中心にして、その意思が有利に働くような議決のあり方が模索され、決定されていったことはうかがい知ることができます。会内民主主義という意味では、はじめから日弁連が課題を抱え、また、それに対する根深い会員の不満も引きずっていたのです。

     さて、奇しくも日弁連は、今回の会長選で、史上初めて任期2年制のなかで、通算4年の任期となる会長が誕生するかどうかで注目されています。それにチャレンジした現職の宇都宮健児会長がいう、その理由もまた、2年ではやりとげられなかった会務への継続的な対応、やり残したことの達成でもあります。

     もし、これが実現すれば、あるいは日弁連会長の任期も、制度改正はともかく、いまや現実的には今後2年ではおさまりきれないものと見られていくのかもしれません。ただ、一つ気になるのは、直接選挙制度での実質初の投票になった1977(昭和52)年度会長選の投票率は84.7%、今年2月10日に行われ、決着がつかなかった会長選の投票率は62.3%。しかも、決着がつかない最大の要因は、くっきりと示された大都市会と地方会の意思の違いでした。

      「民主化」の先にあった日弁連会長の直接選挙制度に、今、会員の多くがどのようものを、どの程度期待し、また、どう現実的に機能しているのかが、考えられていい時期に来ているように思います。


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    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


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