「光市事件弁護団」懲戒請求問題が残したもの

     全国弁護士会への弁護士懲戒請求件数について、各年の推移をみると、2007年という年が異常に突出しています。2003年以降1100~1300件台を推移していた件数が、2007年突如、9585件となり、翌年から1500件台、1400件台に戻ります。2007年のこの数値は、この年にあった、ある事態を示すものとして、永久に記録されることになりました。

     この9585件のうち、実に8095件が「光市事件弁護団関連」。橋下徹弁護士の、いわゆる「懲戒呼びかけ」に起因したとみられている請求でした。弁護士会の報告などでも、必ず注釈がつく統計結果です。橋下弁護士は2007年5月、出演したテレビ同弁護団を非難して、こう発言したとされています。

     「ぜひね、全国の人ね、あの弁護団に対してもし許せないって思うんだったら、一斉に弁護士会に対して懲戒請求かけてもらいたいんですよ」
     「懲戒請求ってのは誰でも彼でも簡単に弁護士会に行って懲戒請求を立てれますんで、何万何十万っていう形であの21人の弁護士の懲戒請求を立ててもらいたいんですよ」

     この懲戒請求急増現象は、二つの問題を提起したように思います。一つは、弁護士懲戒という制度に対する市民の認識という点です。実は、この件以前にも、例えば「過激派」の活動として報道された新聞記事などに実名が出ていた、彼らの弁護をしている弁護士が、全く事案とかかわりがない市民から懲戒請求されるといったことはありました。少なくとも表向きは、「過激派」の弁護士はけしからん、とか、「義憤」にかられて、といった動機のものです。

     この懲戒請求は、確かに誰でも行うことができますが、実はむやみやたらに行うことができるわけではありません。実際には懲戒請求をした者が不法行為責任を問われることもあります。懲戒請求によって、当然、弁護士の名誉や信用が害される可能性もあるわけですから、事実上、法律上の根拠を欠くのに、そのことを知りながら、または安易にそのことを知り得たのにあえて懲戒を請求するなどした場合は、不法行為に該当することもあり得るのです。下級審判例も最高裁判例もあります。この件では、詳しく解説したブログがありましたのでご覧頂ければと思います(「Because It's There」)。

     実際、この点を、8095件の請求を提起した人たちがどこまで認識していたのか疑問があります。「懲らしめてやろう」「納得がいかない」といった意識だけで起こされたとすれば、やはり「呼びかけ」で制度が濫用されてしまうレベルの制度理解・周知という点に問題があります。

     そして、もう一つは、弁護活動のあり方に対する、社会と弁護士の受け止め方の問題です。この件では2007年9月、弁護団メンバー4人が業務妨害を理由に、橋下弁護士に対して損害賠償を求め提訴。2008年10月、広島地裁は名誉毀損と業務妨害を認め、原告4名に合計800万円の賠償を命じ、橋下弁護士側は控訴し2009年7月、広島高裁は一審で認めた名誉毀損を否定して業務妨害のみ認め、360万円に減額する判決を言い渡しました。しかし、橋下弁護士側上告を受けた最高裁判所は2011年7月一転、一審・二審判決を破棄し、結局、弁護団メンバーの逆転敗訴が確定しました。その理由の柱は以下のような点です。

     ① 橋下弁護士は弁護団の弁護活動が被告人に不利益なもので懲戒事由に相当すると考えていたので、理由なく懲戒呼びかけをしたわけではない。
     ② 橋下弁護士は、被告人本人の言い分や本件弁護団との接見内容など弁護活動の当否に関する重要な情報を直接に有しているわけではないのに、懲戒を呼びかけたのは、慎重な配慮を欠いた軽率な行為だった。また、多数の懲戒請求で弁護団側も負担を強いられた。
     ③ しかし、視聴者自身の判断に基づく行動を促すもので、その態様も、視聴者の主体的な判断を妨げて懲戒請求をさせ、強引に懲戒処分を勝ち取るという運動を唱導するようなものではなかった。
     ④ 弁護団メンバーは社会の耳目を集める刑事事件の弁護人であって、その弁護活動が、重要性を有することからすると、社会的な注目を浴び、その当否につき国民による様々な批判を受けることはやむを得ない。

     つまり、結論としては、一定レベル、少なくとも今回レベルの状況については、刑事弁護人は受け止めなければならないということのようです。ただ、そこにも実は不安があります。

     この件を最近取り上げた朝日新聞2月23日付け朝刊の連載企画記事「終結 光事件が問いかけたもの」で、元弁護団メンバーであり損賠訴訟の原告の一人だった今枝仁弁護士は、こう振り返っています。

     「何が被告の利益か見極め、一般の人にも理解してもらえる活動をしないといけない」

     この受け止め方の不安な点は、次に引用される葛野尋之・一橋大教授のコメントに的確に述べられています。

     「社会の共感が得られなくても、法廷では自由に主張できることによって、刑事裁判の公正さは保たれる」
     「うそをそそのかすのは許されないが、誠実に被告の言い分を聞いて伝えるのが弁護人の責任だ。多数者が納得する主張しか許されないのでは裁判とはいえない」

     「一般の人にも理解してもらえる活動」という受け止め方は、葛野教授のいう「多数者が納得する主張しか許されない裁判」に近づくものにならないのでしょうか。また、裁判員時代にこれは何をもたらすでしょうか。裁判の目的は、多数者の理解を得ることではありません。弁護士自身が委縮とも、覚悟ともいえる形で姿勢を転じ、やがて本来の裁判の姿も変えていく、その環境を、今回の「懲戒呼びかけ」による事態は、われわれに垣間見せてくれているように思えるのです。


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    刑事裁判・弁護への「数の論理」の介入を危惧します

    光市事件の弁護団への懲戒請求に関連した橋下氏への損賠請求訴訟は、原告敗訴で終わったんですね。最終結果はこちらで初めて知りました。
    最高裁の判決理由の4つのうち、①②④はまあうなずけますが、③の
    >視聴者自身の判断に基づく行動を促すもので、その態様も、視聴者の主体的な
    >判断を妨げて懲戒請求をさせ,強引に懲戒処分を勝ち取るという運動を唱導する>ようなものではなかった
    は率直に言って「どこ見てんだか」という感じです。
    視聴者自身の判断そのものが、橋下氏の扇動に近い言動を根拠とするものであるという点が見逃されています。そのことがまさに「視聴者の主体的な判断を妨げ」ているのに。
    まあ、この点は、業務妨害の成否を問う訴訟の場にはそぐわない議論なのかとも思いはしますが、でも私から見ると「浮世離れ」の感は否めません。

    ブログ主が指摘されている第2の問題は深刻だと思います。異様としかいえないほどの数の懲戒請求のせいで、相当の覚悟をして弁護団に加わったはずの今枝弁護士の口から「何が被告の利益か見極め、一般の人にも理解してもらえる活動をしないといけない」という台詞が実際に出てしまいました。本来刑事裁判に入り込んではいけない「数の論理」の介入を許しかねない状況を生んだ、橋下氏の言動については、厳しく指弾されるべきだと思います。

    交渉人としての橋下氏の能力自体は認めなければなりませんが、基本的人権にかかわる刑事裁判・弁護に対する一般人の認識を不当にゆがめることにつながるような手段は、使ってよいものではありません。

    そしてこの一件が、裁判員制度に悪影響を及ぼしたのではないか、ということを大いに危惧しています。
    プロフィール

    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
    またまたお陰さまで第3弾!「司法改革の失敗と弁護士~弁護士観察日記Part3」
    河野真樹
    お陰さまで第2弾!「破綻する法科大学院と弁護士~弁護士観察日記Part2」
    河野真樹
    「大増員時代の弁護士~弁護士観察日記Part1」

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