「ロス疑惑」の教訓

     今から28年前、当時、「疑惑」の渦中にいた三浦和義氏の弁護を担当していた弁護士を都内の事務所に訪ねたことがあります。その時、弁護士が指差す方向を見て、驚きました。そこにあったのは、事務所の書棚を埋め尽くす膨大な量の雑誌群。およそ法律事務所らしからぬ光景でした。

     「三浦氏の名前が活字になった雑誌です」

     その弁護士は、当時、「週刊文春」の「疑惑の銃弾」以降、蜂の巣を突いたようなマスコミ報道のなかで、三浦氏について報じる、ありとあらゆる雑誌を買い漁り、「マスコミが作り上げた」この事件の特異性に迫ろうとしていたのでした。

     「劇場型犯罪」という言葉が生まれたのも、実はこのころです。「疑惑の銃弾」の連載が始まった2ヵ月後の1984年3月から発生した、いわゆる「グリコ・森永事件」を評論家が、こう評したのが最初といわれています。この言葉は、基本的には、犯人らがメディアを利用し、大衆を観客とする中で進行していく犯罪を指して使われ、その代表格が「グリコ・森永事件」といっていいと思います。

     しかし、実は「劇場型」には、もう一つのパターンがあります。それは、マスコミの過熱報道による大衆の犯人視と、ある種の「期待感」の中で、捜査が進行していくものです。その典型が三浦氏をめぐる「ロス疑惑」事件だったといえます。
     
     1981年妻・一美さんが銃撃を受け、翌年死亡。事件後、少なくとも1984年の「文春」連載開始までの三浦氏は、「疑惑の人」ではなく、「悲劇の人」でした。妻を殺されて涙する夫の姿をマスコミは何度も流し、お茶の間の涙を誘う「悲劇の夫」を形作りました。

     しかし、「疑惑の銃弾」は、そのイメージを一転させます。それは単に意外性にとどまらず、「悲劇の夫」とともに涙した大衆にとって、三浦氏を「裏切り者」として位置付ける効果を生み、過熱報道は、その強い大衆の感情を煽り、また、それに支えられたように見えました。

     三浦氏はその後、銃撃事件では一審で有罪判決を受けたものの、1998年の高裁で逆転無罪を勝ち取り、2003年に最高裁で無罪が確定します(夫人殴打事件では懲役6年確定)。ところが、「疑惑の銃弾」の記憶が人々の中から薄れかかっていた2008年2月、三浦氏はサイパンで殺人罪と殺人の共謀罪の容疑で、米ロスアンゼルス市警に逮捕されます。日本の司法が「無罪」を結論付けた人物が米国で裁かれる可能性が出てきたのです。

     なぜ、そんなことが起こるのか。メディアは連日、法律専門家を登場させ、一事不再理や時効も含め、日米の制度の違いを大衆に説明しました。だか、当時の状況には微妙なものがありました。「正義」や「真実」は一つだと考える大衆の感情からすれば、制度の違いで結論の違いを果たして説明し切れるのか、という疑問もあったからです。ある意味、どちらかの国の「正義」への不信が生まれかねない状況でもあったということです。

     しかし、それは杞憂に終わりました。事態は急転直下、意外な結末を迎えます。同年10月ロサンゼルス移送直後、三浦氏が死亡したのです。自殺とされています。彼は日本では「無罪の人」として、米国では「疑惑の人」のまま、この世を去った形になりました。

     三浦氏がサイパンで逮捕された時、読売新聞は前記1998年の逆転無罪判決は、記者たちに「疑わしきは被告人の利益に」という鉄則を突き付け、犯人視報道に反省を迫ったと振り返り、今回の新しい事態に際し、「確かな事実」と「憶測」の峻別をもう一度肝に銘じるべき、と自戒を込めて書きました(2008年2月25日朝刊)。

     今、そのことを振り返ってみても、まず、あの弁護士のことが思い出されます。彼が追及し、暴こうと思っていたものの向こうに、確かに前記マスコミと大衆の自戒につながる現実があったからでした。そして、そのことは裁判員時代の今、まさに大衆が肝に銘じなければならないテーマになっていることにも気が付かされるのです。


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    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


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