消えゆく「弁護士伝」

     「弁護士の伝記で弁護士の世界を超えて読まれるものは、指折るほどしかない」

     かつて、こう述べたのは、森長英三郎弁護士です。しかし、こう言って、弁護士伝のつまらなさを嘆いた彼こそが、往年の弁護士たちの生き様を知るための多くの手掛かりを今日に伝える、貴重な業績を残しています。

     森長弁護士は、1906年徳島県生まれ。1936年弁護士となり、布施辰治弁護士の指導のもと活動を開始。戦時中、スパイ査問事件で治安維持法違反などに問われた宮本顕治の弁護を務めました。戦後、自由法曹団に参加し多くの労働事件を手がけ、また三島由紀夫の小説『宴(うたげ)のあと』によるプライバシー侵害事件、大逆事件再審請求、丸正事件の弁護などに携わったほか、護憲派の弁護士として活動したことでも知られています。彼は大学に入る前の数年、東京・浅草の山谷で放浪生活をしていたといわれ、そこでの体験があるいは彼の終生の反権力的なスタンスにつながったのかもしれません。

     その森長弁護士の手からなる「代言人・弁護士伝記書誌」という史料があります。明治の代言人時代から昭和の弁護士の時代に至るまでの、伝記・列伝を彼が感想を付けて紹介したものです。彼はこれを古書市に出かけ、古書目録に目を通し、大学や弁護士会の図書館を調べ歩く地道な努力を数十年続けてまとめたとされています。

     彼自身が記した列伝もあります。山崎今朝弥、布施辰治、海野晋吉、正木ひろし――。戦前・戦後を多くの冤罪事件などに取り組み、終生権力に苦しむ人とともに生きた森長弁護士だけに、彼は反権力の闘いに生きた、きら星のごとき弁護士群像を取り上げ、その実像を正確に、そして人間的に伝えようとしました。冒頭、引用の彼の言葉は、まさに彼のこの情熱の裏返しだったのです。

     森長弁護士は「弁護士史」というものにこだわりました。そして、その中に個々の弁護士たちの苦悩を重ね合わせていきました。一面、その彼の「弁護士史」とは、まさに権力に対する抵抗史といっていいものでした。彼の「在野法曹八五年小史」は、それを明瞭に伝えている力作です。古賀正義・元日弁連副会長は、「日本弁護士史を抵抗の歴史として統一的に理解しようとしたところに森長弁護士の新しい方法論があった」と評しています(「日本弁護士列伝」)。

     森長弁護士は、こう言っています。

     「弁護士の歴史は個々の弁護士の活動の集積である」

     彼の列伝を見るとき、その弁護士たちの反権力の意識が、どれだけ弁護士史を支えてきたのかも分かります。前記古賀弁護士のこんな印象的な言葉もあります。

     「(森長弁護士の著作に触れる時)弁護士史も思ったほど貧困ではなく、弁護士法1条も空疎や思い上がりではないことに読者は気づかれると思う」(前出同)

     さて、2011年の日本に立って眺めてみると、今、未来に向かって「弁護士の世界を超えて」その伝記が読まれるであろう弁護士とは、一体、だれなのでしょうか。弁護士の資格を持ちながら、およそ別の仕事を通して著名になった人物の名前を挙げる人もいるかもしれませんが、やはりそれは「弁護士史」のなかで語られる弁護士伝ではないように思います。

     ただ、今、語り継がれるであろう弁護士伝の対象者が思いつかないことよりも気になるのは、もはや森長弁護士が残した反権力の「弁護士史」そのものが、未来に語り継かれるものとして、あるいは書き加えられ続けるものとして、急速にその存在感を失いつつあるのではないかと思えることです。

     「弁護士の世界を超えて」どころか、弁護士の世界でも、読まれなくなりつつあるように思える、森長弁護士が残した「弁護士史」に、既に何かとてつもなく隔絶したものを感じてしまう現実があります。


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    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


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