「分かりやすさ」の落とし穴

     いまや「分かりやすさ」ということは、裁判にかかわる法曹三者にとって、共通のテーマになっている観があります。いうでもなく、難解な法律用語とそのやりとりが、当事者にも一般の市民にも分かりにくいことを反省し、その問題を解消するために努力する方向の話になっています。また、そのこと自体は疑問の余地がない、当然のこととして、それに相当の労力をつぎ込むという意識も広がっています。

     ただ、以前から法曹がそうした意識を根本的に持っていたかというと、そうではありません。一般的に実用的な文章というものは、分かりやすく、すぐに相手に伝わる、飲み込めるものほど「いい文章」という評価になり、その点で、判決文は以前から悪い手本のようにいわれてもきましたが、それに対しても、かつては法曹関係者からは、「判決文はそういう文章である必要がない」という答えが返って来ることがありました。そのことよりも、より正確であることの方が大事なのだと。

     同じ訓練を受けた法曹三者が、共通の手法、共通の言語、共通の理解のもとに交わされる裁判は、裁かれている当事者たちに下される結果こそが、大事であり、そのためにいかに正確に事実と法律的な解釈を表現し、裁判官に伝えるかに意を用いればいい、ということで、仮に当事者が分からなければ、そこは弁護士なり検察官なりが伝える役割を担えばいい、という考え方があったように思えます。これは裁判の進行ややりとりもそうで、批判的にいう人は「裁判が三者だけの間でなされていた」ということになる所以でもあります。

     法曹三者は問題意識の前に、そうした慣行的な裁判の実態に即して対応していたという言い方もできるかもしれません。それを根本的に変えなければならなくなったのは、ひとえに裁判員制度の導入があったからです。いうまでもなく、市民が裁きに参加する以上、その市民に「分かりやすい」ということが前提として求められ、いわば法曹三者も腹をくくらざるを得なくなったわけです。

     しかし、この市民に対する、「分かりやすさ」ということに関していえば、二つのことが懸念されてきたように思います。一つは、言い換えの危うさです。言葉というのは、発信者側と受信者側が共通の認識が立って初めて成立するものです。難解な法律用語の簡易化というものが進んでいるわけですが、裁判員の前で交わされるやりとりそのものについても、当然、検察側と弁護士側の創意工夫がなされるわけで、多くの弁護士もそこを強く自覚しています。

     ただ、そうなると、より巧みに簡易に表現し、例え話が分かりやすくリアリティがあるほど、説得されてしまうということでもあります。説得は裁判官の前でも同じという方もいますが、そこが前記したような共通ステージに立つ訓練をしてきた裁判官と同じなのかどうかということです。裁判員対策ということがそこにどうきっちり線を引いているのか、ということでもあります。

     もう一つは、結果が理解されやすいことが「分かりやすい」ことにつながらる危険です。裁判員がその事案の重大性かゆえに妥当結論を無意識でも想定していれば、そこに至る説明は「分かりやすく」、それを回避する説明が「分かりにくい」ようにとらえることの危うさです。

     「どうなの司法改革通信」№27でも取りあけましたが、地裁が実施した裁判員経験者のアンケートでは、「審理の内容が分かりやすかった」と答えた人の割合が、自白事件で2009年に74%だったのが、2011年1~6月には64%に低下。否認している事件ではさらに低い54%という結果が出ています。さらに最も分かりにくいのは法廷での弁護士の説明で、「分かりやすかった」39.4%(裁判官88.4%、検察官66.1%)、「分かりにくかった」15.7%(裁判官0.2%、検察官4.6%)という、はっきりとした結果も出ています。

     裁判員制度も回数が重ねられ、複雑な事案が混じりだしたこともありますし、減刑方向の主張をする弁護士に無理筋ととらえられる内容が混じることはあっても、前記のような結果から逆算して「分かりやすさ」が判定される余地もここから読みとれるようにも思います。

      いつだれが裁く立場に立たされるか分からなくなった時代、裁く者にとって分かりやすいことは、社会全体が分かりやすいことに置き換えられやすくなりました。しかし、裁判自体の目的は、いうまでもなく社会に分かりやすく伝え、理解してもらうことではありません。まして社会が求める結果から逆算して、裁判を「分かりやすい」かどうかで評価する、逆にその評価のもとに裁判が行われるということには注意も必要です。


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    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


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