法科大学院「失敗」という認識

     法科大学院の問題が取り上げられた行政刷新会議の「提言型政策仕分け」2日目の11月21日のやりとりでは、度々仕分け人側から法科大学院の「失敗」という言葉が出されました。

     このなかで、仕分け人の一人で、弁護士でもある階猛議員からは、法曹志願者激減の現実が指摘され、7000人~8000人しかなりたい人がいないという状況は、法科大学院を今、抜本的に見直さなければ、国家的な危機につながるという主張がなされました。

     しかし、文科省側が回答のなかで終始したのは、入学者数減少の成果でした。6000人規模が既に3600人規模に、既に4割も縮まっており、これは「非常に大きな改革」だ、と。

     いうまでもなく、これはかみ合っているとは言いにくいやり取りです。つまり、前者の主張で、法曹志願者が減るということで何が懸念されるのかは、もちろんそれによって法曹界が本来獲得できる人材をとれなくなるという事態です。結果として、入学者数が減少して合格率が上がっても、パイが小さくなるのでは、前記した懸念は消えません。もっとも、別の見方をすれば、内容はともかく、合格率さえ上がれば、志願者減に歯止めがかかり、法科大学院存続が見えてくる、という読みともとれます(「法科大学院『定員数削減』」への期待の中身)」)。

     「改革でなくて、追い込まれただけなんですよ」

     おさまらない階議員は、こう切り出して、この「改革」の成果をいう主張に反論しています。これは、志願者が減って経営が成り立たなくなってきたことが原因で、合格率で淘汰されるということになれば、受験教育を一生懸命やらなければならなくなる。これはロースクールを作った目的に反しているではないか――と。

     「受験勉強だけをやって司法試験に受かると、ろくな法曹になれないとされ、私はろくな法曹になれないというレッテルを張られているんですよ」

     旧司法試験合格組である階議員の立場からの声です。同議員のご意見は法科大学院が抱える矛盾ともいえる問題の核心を衝くものだと思います。これを矛盾とみないところに、「改革」の成果をいう側の公式見解とは違う目的が潜んでいるようにもとれます。

     さて、この翌日、中川正春・文部科学大臣は、閣議後の会見で、記者からこの法科大学院「失敗」をめぐるやりとりを踏まえて、見解を求められています。

     中川大臣は、基本的に法科大学院を含めた大学の在り方について、大学関係者や産業界などの方が参加する幅広い議論の場としての協議会設置の必要性を挙げ、年内にもその具体的構想を示す意向を明らかに、法科大学院について、踏み込んだ発言はしませんでした。

     ただ、廃止の意向について、問われるとこうこたえています。

     「(廃止の意向は)ありません。現時点では。が、今の形がこれでいいかといえば、そうでもないということだと思いますので、法務省と連携して対応していきたい」

     「法曹の養成に関するフォーラム」のような議論がまた、ここでも始まることは予感させますが、それ以上に、大臣の発言からは、前日の議論の受け止め方として、法科大学院をめぐる問題を「国家的な危機」とみる緊張感は、残念ながら感じられません。

     前日のやりとりでは、仕分け人から法科大学院について、「誰にとっても不幸な制度」という言い方も出されていました。「誰にとっても」の中身は、大学、法曹界、学生であり、学生が一番割を食うという話も出ていましたが、「国家的な危機」の向こうでは、もちろん国民も割を食うことになります。

     「誰にとっても不幸な制度」になっている、明らかな「失敗」という前提に立てるのかが、まず、今後を左右することになります。


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    No title

    確かに「弁護士の質」などといって既得権益の保護を図る法科大学院からは腐臭が漂っています。参入障壁を撤廃して司法試験の門戸を開放し、志ある人は司法試験を受けられるようにする他ないでしょう。

    No title

    既得権益保護のために、「人権」だの「弁護士の質」だの「弁護士がワーキングプア」だのといった爆笑ものの与太話をする弁護士からは、腐臭が漂っているのです。
    http://d.hatena.ne.jp/ypartner/20111230/1325240143

    No title

    >私が「今も昔も大差ない」なら今のほうがよいと考えるのは、司法試験の合格者数が増えているからです。つまり、「(学生の負担以外の面では) 今も昔も大差ない」=「合格者数が増えているにもかかわらず新しく法曹になる人々の質が下がっていない」ならば、(人数が増えている)今のほうがよいということです。言い換えれば、「学生の負担」よりも、「法曹の質を下げずに人数を増やすことによる社会・国民の利益」のほうが重要だということです。

    「合格者数が増えているにもかかわらず新しく法曹になる人々の質が下がっていない」というのは正確ではなく、「合格者が増えているが新しく法曹になる人々の質が下がっているとは実証されていない。」でしょうね。(司法試験考査委員や研修所教官の実感はともかく)質が下がったと実証されているわけではない。もちろん、質が上がったと実証されているわけでもない。

    しかし、司法試験の合格者が増えることが大事なら、単に旧試験ベースで合格者を増やせば済む話です。旧試験ベースにしたって、新しく法曹になる人々の質が下がることが実証されることはないでしょう。むしろ受験生の母数が増えて合格者の質が向上することが期待されます(実証は不可能だけれど。)。

    合格者を増やすかどうかは新試験か旧試験かは関係ありませんので、新制度と比べて受験生の負担が著しく軽い旧制度ベースが妥当であるということになります。

    No title

    清高さん、

    (1) わかりました。清高さんは「適性試験によって行われていることを」批判されているとのことですが、より正確には、「適性試験であれ、法律試験であれ、とにかくなんらかの試験に合格しなければ、司法試験の受験資格が得られない」ことを問題視されているのですね。あなたの批判は成り立つと思います。

     しかしそれ(適性試験)は、司法試験の合格者数を増やす以上、やむを得ないことだと思います。

    (2) 私の趣旨は清高さんへの批判ではなく、質問です。私の意見は「なお書き」の形で付け加えたにすぎないので、(私の意見の)根拠を省略したのです。

     私が「今も昔も大差ない」なら今のほうがよいと考えるのは、司法試験の合格者数が増えているからです。つまり、「(学生の負担以外の面では) 今も昔も大差ない」=「合格者数が増えているにもかかわらず新しく法曹になる人々の質が下がっていない」ならば、(人数が増えている)今のほうがよいということです。言い換えれば、「学生の負担」よりも、「法曹の質を下げずに人数を増やすことによる社会・国民の利益」のほうが重要だということです。

    遅くなりました。

    to memo26さん。
    1.2011-12-15(13:43) :の通りすがりさんのコメント通りです。「適性試験によって行われていることを」批判したつもりです。ナイスフォロー、感謝します。「他学部出身者も入学前に法律を勉強しておけ」(2011-12-17(01:42) : memo26 )を含意したつもりはないです。もっとも、以前の司法試験は学部不問で、他学部も法律を勉強していました。

    2.memo26さんのブログも拝見しました。「批判の際には根拠を書いてください」とありますが、「「今も昔も大差ない」なら、今のほうがよいと考えるべきだと思います」という根拠は書いていませんね。それはさておき、そもそも「旧司法試験合格者がダメだという根拠も無い」ならば、改革の必要性はないですね。実際には、法律ばかり学んだ人ではなく、多方面で活躍する人を法曹にする趣旨もあったはずで、そうなると「法律ばかり学ぶ学生が減っているわけでもなさそう」であれば、失敗のはずですよ。現在も法学部経験者が司法試験で有利(合格率が高い)になっていますので、ロースクール設立の理念とかけ離れているのではないですか?

    No title

    memo26


    「適性試験で選抜する意味が分からない=他学部出身者も入学前に法律を勉強しておけ」ということではなくて、適性試験で間口を絞るロー卒を司法試験の資格要件にするな、ということでは?
    清さんの論旨は、そもそもロー批判なのですから。

    No title

    清高さんの御回答がないので、清高さんが意図された内容が何なのか、たしかなことはわかりませんが、通りすがりさんがおっしゃるような意図だったのかもしれませんね。

    しかし、そうだとすると、適性試験で選抜する意味が分からない=他学部出身者も入学前に法律を勉強しておけ、となり、清高さんの主張がまったく成り立たないとまでは思わないものの、やや奇妙な感じがします。

    また、「今も昔も大差ない」のであれは、金や時間で受験生に負担の少ない昔のほうが良い、という主張は論理的ですが、清高さんのコメントは、そのように読み取れないこともないものの、この解釈にはかなり無理があるような気がします。

    もっとも私は、「今も昔も大差ない」なら、今のほうがよいと考えるべきだと思います。

    No title

    memo26さん

    「法的思考力の要請(養成)前に淘汰する」というのは、ロー入学が法律試験ではなく、適性試験によって行われていることを意味するのでは?

    「今も昔も大差ない」のであれは、金や時間で受験生に負担の少ない昔のほうが良いと言っているのでは?



    No title

    清高さん、

     「法的思考力の要請前に淘汰する」とは、どういう意味ですか? 能力がなくても、誰でも(自分が希望する)法科大学院に入れるようにすべきだ、ということでしょうか?

     なお、「カネと時間はかかる」という点はともかく、「旧司法試験合格者がダメだという根拠も無い」「法律ばかり学ぶ学生が減っているわけでもなさそう」というのは、「旧司法試験に戻す」根拠にはなりません。これらは、「今も昔も大差ない」と言っているにすぎないからです。

    たしかに失敗だと思います

    こんにちは。

    たしかに失敗だと思います。

    法的思考力の要請前に淘汰する意味が分かりませんし、カネと時間はかかるし(6~7年学校に通わねばならない)、旧司法試験合格者がダメだという根拠も無いし、法律ばかり学ぶ学生が減っているわけでもなさそうだし(浜井浩一『2円で刑務所、5億で執行猶予』(光文社新書)参照)、で、やめて、旧司法試験に戻すのもありかな、という気がします。
    プロフィール

    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
    またまたお陰さまで第3弾!「司法改革の失敗と弁護士~弁護士観察日記Part3」
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    「大増員時代の弁護士~弁護士観察日記Part1」

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