「改革」蜜月を示した一風景

     「犬になれなかった裁判官」というタイトルの本をご存知でしょうか。今から10年前、NHK出版から出されたこの本は、元裁判官の安倍晴彦弁護士が、36年間の裁判官人生を振り返り、裁判官・裁判所の実態を明らかにしたものでした。

     サブタイトルに「司法官僚統制に抗して36年」とあるように、最高裁判例を覆した判決や青法協活動などの体験談を通し、官僚的な裁判官制度の現実を鋭くえぐり出した数少ない一冊でした。「犬になれなかった」という刺激的なタイトルも話題になりましたが、そんな司法官僚制度の圧力に抗し、「人間らしく」、自由で独立した判断をし、行動する裁判官として、筋を通した安倍弁護士自身の思いが込められていました。

     この本の初版には当時の久保井一匡・日弁連会長も推薦文を寄せ、安倍弁護士を「良心的な裁判官として筋を通した」人物と評し、そこに書かれていた官僚的裁判官制度の実情に驚き、「(この本で)司法の現状が一日も放置できない状態に置かれていることを知っていただきたい」と絶賛していました。

     ところが、この本がちょっとした「事件」に発展します。当時、それを知ったのは、入手したある1通の書面からでした。それは、最高裁事務総局総務局長名で全国高裁長官、地家裁所長に宛てられた、この「犬になれなかった裁判官」という本に関する「通達」でした。

     そこには大略、以下のようなことが書かれていました。

     ① 日弁連執行部から連絡があり、日弁連会長の推薦文の経緯が明らかになった。
     ② それによると、原稿を一読して、推薦文を書いた久保井会長は、このタイトルが判明した時点で、「このような表題は、裁判官を誹謗中傷するもので、全国裁判官にとって許し難い」として、NHK出版にタイトル変更、推薦文の要約の入った帯紙と推薦文の削除を要求した。
     ③ NHK出版は在庫分、店頭販売文の帯紙、増刷分の推薦文を削除することを了承した。
     ④ 各庁の裁判官から問い合わせがあった場合、こうした経緯を伝えて差し支えない。

     当時、NHK出版に取材したところ、確かにこのようなやり取りがあり、前記内容通り、帯紙と2版からの推薦文削除を実施した、ということでした。まさかこのタイトルで推薦文削除まで要求されるとは思っていなかった同出版としては、この対応に全面的に納得しているわけではありませんでしたが、「今回は私どもが、事前にタイトルをみせていない落ち度もありましたので」という説明でした。一方、著者の安倍弁護士は、「りっぱな推薦文を頂いて喜んでいたのですが」と、落胆している様子でした。

     久保井会長自身が、納得のいかない推薦文の削除を求めるのは、もちろん自由だともいえます。ただ、実はこの前年、別の件で最高裁からクレームがつく「事件」もありました。対象は、日弁連機関誌「自由と正義」4月号の久保井会長のあいさつで、この時も日弁連執行部が事態を最高裁側に説明、「不適当」と認め、今後の「配意」まで約束していました。そこで、問題になったのも、会長あいさつ文中の「最高裁事務総局の人事支配下」で、裁判官が「事実上独立を阻害されている」という表現が、「現場の裁判官を傷つける」というものでした。

     その後、こうしたやりとりが最高裁と日弁連の間であったという話を聞きません。実はこの二つの「事件」は、当時の時代背景と結びつけて考えることもできるように思います。この「事件」があった2000年、2001年という年は、司法制度改革審議会が開催され、司法改革の骨格が固まり出すとともに、法曹三者を含めた「オールジャパン」体制が固められていったころです。

     官僚的裁判官制度というテーマをめぐる二つの悶着の火種への両者の極めて神経質な対応と、日弁連側の対決回避の姿勢のなかには、そうした政治情勢での場外乱闘を避けたい意思を読み取れるように思います。現に、当時この取材の中で、最高裁側から聞こえてきたものは、対立とは逆の日弁連執行部との「良い関係」を強調する「改革」に向けた、まさに蜜月を感じさせるものでした。

     そして、今にしてみれば、およそ従来からの日弁連のスタンスからすれば、当然、主張されていたはずの官僚的裁判官制度に絡む主張さえも、主張し切れないなかムードのなかで、「改革」論議が進められていたことを「事件」が教えてくれているような気がするのです。


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    蜜月の終わり

    そしていま、宇都宮執行部体制となり、再び(司法修習生に対する給費制維持などで)日弁連と最高裁の関係が悪化したことを憂慮して、もとのオールジャパン司法改革体制に戻して日弁連と最高裁のパイプを再構築すべきだ、と派閥の主流派が訴えています。しかし、はっきりものを言ったらすぐに決裂するような最高裁にどうして平身低頭しなければならないのでしょうか。
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    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


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