「上からの」市民参加という性格

     「わが国で、この陪審制度を採用することになりました理由は、外国のそれとは根本から相異っているのであります」

     今から83年前にわが国で始まった陪審裁判に当たり、陪審員候補者に配布された「陪審手引」には、「わが国陪審の精神」として、諸外国で行われている市民参加との違いが、はっきりと述べられていました。

     英国はじめ諸国の陪審制度は、「人民が官憲の圧政に苦しみ、そして裁判官の横暴と専断によってその生命や財産が蹂躙され」、それから免れるため、民衆が要求した結果である、と。

     だが、日本の場合は、従来の裁判に弊害があったというわけではなく、「素人である一般国民にも裁判手続きの一部に参与せしめたならば、一層裁判に対する国民の信頼が高まり、同時に法律知識の涵養や裁判に対する理解を増し、裁判制度の運用を一層円滑ならしめる」精神からの採用であるとしています。

     驚くことに、従来の裁判に欠陥があったわけではなく、市民参加は市民の司法への信頼を高め、裁判への理解を増し、裁判を充実させるため、という論法は、この度の裁判員制度で司法当局が掲げた論法そのままです。戦前の陪審制度の精神が生き続けている、はたまた官僚司法のDNAか、といった皮肉めいた言い方もできなくありません。

     しかし、見方を変えれば、なんてことはありません。天皇主権国家・国民主権国家の違いを超えたこの符合は、市民が求めた下からの市民参加ではない、上からの制度構築であることを示す必然的結果ともいえます。

     2年半前、裁判員制度スタートを一斉に伝えたマスコミ報道は、市民参加をわが国の「法廷新時代」として描き、一様に制度定着の意義と期待感を市民に強くアピールするものでした。既に市民の多くが、この制度に背を向けていることが決定的になっていたなかで、それは一種の啓蒙的色彩を帯びているものに感じました。

     だからだといっていいと思いますが、前記「陪審手引」のように、わが国の市民参加が諸外国とは全く異質なものであることを正直に伝えるものは見受けられませんでした。それどころか、市民参加の歴史がある欧米からすれば、日本は「ガラパゴス」であり、裁判員制度は、そこに上陸してきた「新種」と表現した大新聞の社説もありました。

     天皇主権国家で作られた前記「陪審手引」の方が、よっぽど国民に向かって正直に制度の性格を伝えているように見えるのは、どういうことでしょうか。

     裁判員裁判は、予定通りスタートしました。いや、正確に言えば、予定通りスタートする既定方針に、法曹関係者も大マスコミも調和させてみせました。調和に都合の悪い事実は伏せたままで。どこまで行っても市民が勝ち取ったものではない、上からの強制によって、市民自身がその意義を実感できずにスタートした、この制度は、描き方一つで、とてつもなく反民主的になることを啓蒙家の方々は、よく知っているのです。

     彼らのイメージ戦略はずっと前から始まり、今も、裁判員の「やってよかった」コメントなどがちりばめられる順調報道によって、それは続けられています。

     しかし、少し目を離してみれば、伝わってくるのは、「主役」と持ち上げられている市民ではなく、啓蒙家である彼ら自身の熱意ばかりです。


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    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


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