弁護士が激減した時代

     1893年(明治26年)の弁護士法(旧々弁護士法)施行以来、わが国の弁護士の数が、唯一激減した時期があります。昭和10年(1935年)の7075人、11年5976人、12年5811人となり、戦前最後の統計である13年には4866人にまで減っています。

     この転がるように落ち込んでいる弁護士の数は、一体、何を物語っているのでしょうか。

     この昭和10年から13年は、日本がまさしく戦時体制へひた走っていた時でした。6年(1931年)満州事変、7年上海事件、8年国連脱退、国内では7年の5・15事件から12年の2・26事件へと軍部テロが勃発。全体主義が台頭し、労働・農民運動は衰退し、自由主義、民主主義は弾圧され、7年司法官赤化事件、10年美濃部達吉の天皇機関説事件が起こります。

     不穏文書取締法、思想犯保護観察法などの弾圧法の制定。そして12年盧溝橋事件で日中全面戦争が始まると、対米英戦もにらんだ国内戦時体制の強化は、一層急務とされ、13年の国家総動員法の成立へと至ります。国民の権利主張への圧迫は、弁護活動を狭め、国策協力がそれに取って代わっていったのでした。

     実は弁護士の数は、昭和10年までの過去15年間で倍増していました。大正12年(1923年)に帝国大学出身者が無試験で法曹資格を得る特権を失うことになったこともあって、大正10、11両年に大量の駆け込み組がいたこともあり、また、その後も国民の権利意識高揚とともに、年200人ペースで増加していました。

     しかし、一方で、事件数は、逆に昭和5年を境に減り出し、同年の第1審新受件数約6万件が10年約5万件、13年には約4万3000件にまで落ち込んでいます。統制経済の強化によって、弁護士の経済的基盤は崩れ出し、やがて増大した弁護士を支えきれなくなったのでした。

     当時の弁護士の生活の窮状を伝える貴重な史料があります。日本弁護士協会が昭和5年3月に朝鮮、台湾、関東州を含む全国の弁護士5893人に対し行ったアンケート調査の結果です。それによると、驚くべきことに、回答者4272人中、実に6割近い2436人が「純収入が生活費に不足している」と訴えていました。これは、東京の弁護士だけをとってみても同じで、生活費不足者は全体の66%に達していたのです(「東京弁護士会百年史」)。

     弁護士が雪崩を打って減少する5年前に、弁護士の経済基盤は、既に事実上破綻していたことをうかがわせます。戦争に傾斜する国家において、いかにその経済基盤を含めて弁護士という存在が顧みられないかということ、むしろその方が都合がいいと思っているようにすらみえる国家の姿が浮かんできます。

     さて、73年後の弁護士会では、弁護士増員による経済破たんの不安がいわれています。状況も経緯も違うとはいえ、あえていえば国策としての「改革」のなかでとられた弁護士の激増政策によって、弁護士の経済的基盤が崩れ、増員された弁護士を支えきれなくなる状況は、当時の状況にかぶせることもできなくはありません。

     だとすれば、一見歴史はやがて弁護士の激減がやって来ることを教えているようにもとれますが、今回の国策は激増政策であり、それを無理矢理でも続ける以上、いつ終わるとも分からない「淘汰」といわれる過程が続くとの見方もできます。その過程での弁護士会は、外には会員の不祥事多発や「外れ」をひく市民からの弁護士の「質」批判、内には自治不要論、強制加入を負担と見る不満会員からの批判を受け、遂にその自治を手放し、国家の監督下に入る可能性もないわけではありません。

     思えば、「改革」は弁護士たちの経済基盤について、「二割司法」といったキャッチフレーズがイメージさせたような、いわばこの社会のなかの「眠れる大鉱脈」が支えるという触れ込みでした。しかし、「市民」を表看板にした、その国家戦略の「改革」が、本当は弁護士の経済基盤を顧みていなかったことが、もはや明らかになりつつあります。

     結果として、そのことは誰に都合がよく、そのしわ寄せは誰に来るのか。そういう視点に立つ必要があることも、また、歴史が教えているような気がします。


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    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


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