弁護士がいう「弁護士の資質」

     弁護士に求められる資質について、いろいろな弁護士の方が、ネット上でも自らの体験から書いています。

     資質というものをどうとらえるかにもよりますが、弁護士の見方として、一つには弁護士の精神的面を強調するものがあります。それに共通するのは、人間に対する優しさ、そうしたものへの感受性をいうものと、人権や正義といったものへの姿勢、熱意といったようなものを挙げるものが見られます。

     それに対して、もう一つは、より技術的なことを挙げているものも見られます。弁論能力や文章力、交渉力、事実の認識力、法的な知識、事務処理能力といったことか挙げられます。

     本来は両者を切り離して考えることはできないというべきかもしれません。交渉力を正しく裏打ちするもの、あるいは知識や文章力を磨くための探究心や努力は、前者のような精神面によって支えられるともいえますし、逆にそうした精神を現実化するのは、いうまでもなく、後者の技術的な力にあるということかできます。大きくわければ、人間的な意味を含めた依頼者の置かれた立場、法的な状況への理解力、そして裁判所、相手方とこちら側当事者への説得力とくくることもできると思います。

     総じて言えば、前者のようなものを強調するのが、旧来からの弁護士スタイルであり、中堅以上の弁護士の方から聞こえがちであるのに対し、むしろそれ以下の世代からは前者よりも後者が聞こえてくる印象があります。弁護士という仕事に求められているのが、いかに依頼者のニーズにこたえ、結果を出すことであるという観点から入るとすれば、まず、そこに目がいくということかもしれません。

     それらが精神的なものの手前にあるか、それとも精神的なものの後ろにあるととらえるかの違いだけかもしれません。ただ、法廷などでの技術的な資質の問題には、表面化しやすい分、目が行きがちですが、実は精神的な面が依頼者にとって大きな問題になる面があります。ある意味、依頼者が求める結果をそれがどれだけ下支えするものなのか、それは依頼者にとって分かりやすいともいえません。

     もちろん、そうしたものが相手に伝わることが、依頼者と弁護士の信頼関係の構築に大きな意味を持つこともあれば、そこに依頼者が求める安心感が生まれることもありますが、結果を求めることに目を奪われていれば、そうした精神面で欠落したものがある弁護士によって、当事者が気が付かない不利益を被ることもあります。

     前記した技術を一応身につけ、精神において欠落した弁護士は、より弁護士側の効率を考え、依頼者側が本来ならばとれる利益をとれない事態を、依頼者本人が気が付かないうちに忍ばせることもできます。また、熱意のポーズが、そうした意図を隠す場合もあれば、能力不足自体をカバーするものに使われるかもしれません。

     その意味では、やや時代遅れ扱いされているようにも見える精神的な弁護士の資質をいう見方は、むしろこれからより強調されてもいいように思えます。

     このテーマで中隆志弁護士が、以前、ご自身のブログ(「弁護士中隆志の法律漫遊記」)で、書いていらっしゃいました。弁護士に必要な資質として、「誠実であること、一を聞いて100を知るようなところがないこと、誠実さの一方で適度なのんきさを持っていること、度胸があること、親切なこと、悪を憎む気持ちがあること」を挙げたうえで、こう述べています。

     「ただ、誠実過ぎてもいけないし、ある程度依頼者が何を言っているかわからないときに、推察して確認したりする作業も必要でもある。のんき過ぎてもいけない。度胸がありすぎて、危険回避能力がなくてもいけない。親切すぎても経営できない。悪を憎むとはいっても刑事事件の被疑者・被告人は基本的に悪いことをしているので、『それが許せない』とばかりいっていては刑事事件は出来ない。バランスが難しいのだということであろう」

     ある意味、ここに弁護士という仕事が誤解されがちな原因もあれば、宿命ともいうべきその性格があるともいうことはできますが、そのバランスを現実的にいかにとれるかも、弁護士が突きつけられている課題としての資質というべきなのかもしれません。


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    テーマ : 弁護士の仕事
    ジャンル : 就職・お仕事





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    ありがとうございした

    某弁さん、コメントありがとうございます。

    やはり、そうなのですね。かつて存在した弁護士修養のプロセス欠落の影響、徹底的に争う代理人の出現は、今、弁護士から共通して言われ出している感があります。離婚について、傾向が顕著に現れるというご指摘も、大変貴重なものとして拝読致しました。

    今後ともよろしくお願い致します。

    No title

    残念ながら、現在の前者の資質は急速に失われている気がします。

    私は15年目の弁護士ですが、15年前は指導担当と修習生あるいは、指導筋(ボス筋)との人間関係が濃かったため、処理に当たってはいろいろな人に聞きながらあるべき処理を目指してきました。
    しかし、修習期間の短縮、法曹人口の増大でこのような人間関係は急速に失われつつあります。

    このような傾向が顕著に現れるのは離婚ではないかと思われます。
    親権が争われる事案で、母親に親権をとらせるのが適切と言う事案は、実務上多数あります。この場合は、その理解を前提に、母親側代理人は父親との面接交渉に配慮し、逆に父親側代理人は親権の説得を試みるのが事案の早期解決につながります。
    こういうことすると、決して儲かりませんが、これが前者の意味での弁護士の本来あるべき姿です(場合によっては面接交渉に立会い、母親の面接交渉を促すと言うのも仕事でしょう)。
    でも、儲からないので淘汰されかねません。

    顔が見えなくなってくると、徹底的に争う代理人が出現し、離婚は上級審まで争われ(親権が原因)で、さらには面接交渉調停を別途申立て、徹底的に争うという代理人が出現しつつあります。

    この場合は、双方に時間とコストはかかりますが(費用は優に倍はかかるでしょう)、弁護士側からすれば時件数に見合った報酬がもらえるので、それほど弁護士には負担になりません(特に法テラスの報酬ルールだとこの傾向は顕著になります、必ずもらえますから)。

    15年前の弁護士が少なかった頃の司法制度が良かったとは決して思いませんが、今くらいが適度な競争でちょうど良いと思います。これから法曹人口が増えて、経営が厳しくなると法テラス事件などは、ある意味、いくつも事件を立件する方が経営的には好ましいと考える自分がいて怖いです(医者も健康保険の点数を採るためになるたけ治療を多くすると言うのと変わらないというと変わりませんが)。
    プロフィール

    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
    またまたお陰さまで第3弾!「司法改革の失敗と弁護士~弁護士観察日記Part3」
    河野真樹
    お陰さまで第2弾!「破綻する法科大学院と弁護士~弁護士観察日記Part2」
    河野真樹
    「大増員時代の弁護士~弁護士観察日記Part1」

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