弁護士とサラリーマンの違い

     銀行員として30年のキャリアを持っている浜中善彦弁護士が、弁護士とサラリーマンの違いというテーマについて書かれた一文を、日弁連機関誌「自由と正義」10月号に寄せています(「サラリーマンと弁護士」)。

     およそ、弁護士に限らず、サラリーマンにならない、もしくは辞める人の気持ちとしていわれるのは、やはり「自由」ということです。つまり、組織のなかで上司の命令に服従しなければならない仕事に対して、独立した立場で発言・行動ができる道を選ぶということです。

     弁護士についてもいわれる、その「自由」志向の見方に対し、浜中弁護士は、自らが公募増資の応募をしなかった体験などに触れ、サラリーマンとて上司の言うなりでは必ずしもないこと、出世ということがサラリーマンの幸せとリンクしているという考え方があるが、サラリーマン生活を終えてみると、出世の有無で幸福に大差はないと感じることを挙げて、その差があまりないとする持論を展開しています。

     むしろ、弁護士になれば、予定外の仕事が入ったり、休日返上もあり、決まった時間出勤し、与えられた仕事を処理すればよかった銀行員時代の方が自由だった、と。

     このテーマについて、実際に弁護士になってからの人の受け止め方は、やはりさまざまな感じがします。権威や権力との位置取りなどを挙げて、いわば精神的な自由を強調する人もいれば、そこは、浜中弁護士がいうようなものに近い、独立開業者の立場からの業務としての大変さや、実質サラリーマンと変わらないといったイソ弁の声も聞くことにはなります。それこそ、「自由」というテーマを弁護士という仕事のどこに見て、どこを重んじているかによって違ってくるように思えます。

     一方、逆に両者の違いが何かといえば、浜中弁護士は、その評価にあるとしています。つまり、サラリーマンの場合、与えられる仕事を決めるのは上司、どの上司に付くかを決めるのは会社であり、努力や成果もそのまま評価されるとは限らない。つまり、「自分の人生の一部を他人の決定にゆだねる」ということで、その代償として、一定の収入保障や退職金、年金制度などがある。

     これに対し、弁護士は「自分の人生は自らの責任で設計する必要」があり、決まった収入も引退後の生活の蓄えも自分で用意する必要がある仕事として、「弁護士はサラリーマンよりもリスクが高い職業であることを覚悟すべき」としています。また、違いとして弁護士に定年がないことはサラリーマンから見たらばうらやましい仕事だが、そうはいっても、資格があることが生涯現役で仕事ができることとは同義でないことも指摘しています。

     結論として、彼はこう言います。

     「こう考えると、サラリーマンと弁護士は、いわれるほど違っているとも、どちらが有利であるともいえないと思う。求められる能力にも格別違いがあるとも思えない。しかし、弁護士にはサラリーマンに必須とはいえない資質が求められる。それは、人に対する思いやりとやさしい心であろうと思う」

     あえて言えば、彼の銀行員として経験から語られているサラリーマンの姿でこのテーマを語りきれるとは思いません。必ずしも上司のいうなりではないという環境、出世と幸福との関係、さらには、弁護士と求められる能力に格別違いがないという感想については、違う見方があっても当然だと思います。

     しかし、彼の一文のなかでもっとも印象的なものは、彼がここでは断言するように書いている弁護士に求められる資質として「人に対する思いやりとやさしい心」を挙げている点です。むしろ「サラリーマンに必須とはいえない」としているある所に、体験してきた30年のサラリーマン生活で味わった、彼が述べていない苦労や教訓が込められている感すらあります。

     そして、いうまでもないことですが、この一文の中で、弁護士とかかわることになる市民にとって最も気になる、そして影響がある指摘がこの点です。弁護士にこそ求められる「人に対する思いやりとやさしい心」とは、取りも直さず「人を理解する」気持ちあるいは能力といってもいいかもしれません。確かに弁護士には、それが人一倍求められていいと思います。なぜなら、そうしたものでつながる関係が大衆にとっては、最も安心できるととれるからです。

     だが、これは逆のことがいえるのかもしれません。弁護士がサラリーマンと見分けがつかない形で、この世界に存在し、弁護士自身の自覚としても、そこに差がなくなる時、その弁護士がもはやサラリーマンとしては「必須とはいえない」そうした資質を持ち合わせているのかどうかということです。

     どうすれば、大衆が結果として「人に対する思いやりとやさしい心」の資質を持った弁護士にたどりつける社会になるのか、そこから逆算して今を考えてみる手もあるように思います。


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    テーマ : 弁護士の仕事
    ジャンル : 就職・お仕事





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    ありがとうございました

    某若手さん、コメントありがとうございます。

     それはある意味、ご指摘の通りだとは思います。いまや文字通り、サラリーマンといっていい弁護士が沢山いることは承知しています。ただ、この原稿の書くベースになった浜中弁護士の一文にしても、それを分かったうえであえて比べているととれます。

     つまり、サラリーマン的でないものを求めて弁護士になったという人、サラリーマン経験のない弁護士の意識を基準にして話を進めています。そのうえで、ではそういう弁護士がサラリーマンとどこがどう違うのか、という話で、もともと「サラリーマン」であると自覚している弁護士ではないといっていいと思います。

     ただ、そうなると、そういう自覚をされている弁護士については、浜中弁護士が最後に指摘している「必須とはいえない」資質は、どう受け止められているのかは興味のあるところです。

     今後ともよろしくお願いします。

    No title

    私は、いまはインハウスや任期付き公務員というまさにサラリーマンである弁護士がたくさんいますし、そのほかにも法テラスのスタッフ弁護士、弁護士法人の従業員(社員じゃない)弁護士など、サラリーマンと呼ぶにふさわしい弁護士がたくさんいますから、(大規模事務所のアソシエイトもサラリーマンに近いと考えられます)サラリーマンと弁護士を対比すること自体がおかしいのではないかと考えているのですが、いかがでしょうか?
    プロフィール

    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
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