法曹志望者たちが断念した後の未来

     世の中には、経済的な事情で、志望している道を断念しなければならないことがいくらもあることを、多くの人が知っています。言うまでもないことですが、おカネがないために、進学をあきらめることもあれば、そのためによりおカネがかからない方に進路変更を余儀なくされることもあります。裕福な家に生まれていれば、なんてことはなく進める道に進めない現実を、誰もがいったんは受け止めて、努力して乗り越えようとする人もいますし、それで納得する人もいます。

     おカネがない人も公平に志望している道に進める社会が望ましいとしても、前記したような現実が存在している以上、社会は「みんなそれを受け止めている」ととらえてもおかしくはありません。

     昨年来の給費制や法科大学院をめぐり、弁護士側から出された「おカネ持ちしか」論は、どうもこの社会のとらえ方がかぶせられ、批判的にとらえられている感があります。

     この見方には、実は二つのポイントがあるように思います。一つは、前記したような進路選択のように、おカネや時間がかかることは本人が分かっていたことだろう、という「自己責任」の観点。法科大学院という過程の経済的な負担また「給費制」が消える見通しも、分かって法曹の道を志したことをいうものです。

     もちろん、この点では、当初予定の修了者「7、8割」どころか3割を切っている法科大学院制度での司法試験合格率の低さや弁護士になっても就職口がない状況を、想定外としてカウントするかどうかといった点は残るかもしれません。

     そして、もう一つのポイントは、他の道はともかく、少なくともこと法曹に関しては、「おカネ持ちしか」の不公平を社会として問題視するべき事情があるのかないのか、という観点です。つまり、これまでの統一・公平・平等という法曹養成・司法試験の理念にやはり意味があると見る、別の言い方をすれば、法曹に関して、これは仮に「特別扱い」になろうとも、社会がこだわらなければならない点と見る必要性があるのかないのかです。

     結論からいえば、この二つのポイントについてのはっきりした答えを知りたいと思うならば、未来の日本に立たなければなりません。前者について言えば、これを「自己責任」として、この負担を押し通した結果、危惧されている通りの法曹志望者の断念、この世界への敬遠傾向がはっきりするかもしれません。その時になって、はじめて法曹界は本来獲得できた人材を獲得できなかったことに気が付き、負担と自己責任の妥当性が問われることになります。

     そして、後者についていえば、この国の法曹と言われる人々が、あるいは富裕層で占められ、その判断や社会的対応において、今との違いがはっきりと現れたとすれば、あるいは「おカネ持ちしか」論の本当に重視すべきだった一面が、遅ればせながら、明らかになるはずです。

     さて、「ビキナーズネット・ブログ」が、今年の司法試験に合格しながらも、貸与制移行を主たる理由に、修習に行くこと、法曹となることを辞退した志望者たちの声を紹介しています(「修習辞退者の声」「修習辞退者の声 続き」)。

     詳しくは、是非ご覧になって頂きたいと思いますが、このなかである辞退者は、貸与制移行の根拠の一つとされた5年目の弁護士の平均所得の高さは、自分たちの5年後の収入ではないことと、6年前の貸与制決定後の経済的な事情変更について主張したうえで、こう嘆願しています。

     「どうか、私のような志半ばで法曹の夢が遠のいてしまう人を産まないためにも、貸与制だけは勘弁していただきたいと存じます。どうぞよろしくお願い申し上げます」

     彼らの辞退も、言葉も、冒頭のように、この社会で「みんなが受け止め」納得していることの一つとして、片付けられようとしています。しかし、もし、この国の未来に前記したような「結果」が待っていたとすれば、未来の人間たちが、この時代の人間の狭量さと、想像力のなさを責めてもおかしくありません。


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    No title

    追記です

    「お金持ち以外を法曹に」
    と仰られるのであれば貧困家庭出身者への金銭的支援の方がより望ましい解決策だと思いますし、その手法であれば国民の理解も得られるのではないでしょうか?

    No title

    既に給付制と関係なく法曹の両親の所得は高いですよね?
    (そもそも所謂一流大学入学者の所得自体が高いのですが・・・東京大学入学者の世帯所得平均が1000万でしたね)

    給費制度と全く無関係に既に「この国の法曹と言われる人々が、あるいは富裕層で占められ、その判断や社会的対応において、今との違いがはっきりと現れたとすれば」
    この状況になっていますよね?
    何か現状で問題などが起こっているのでしょうか?

    それとも現状以上に、という意味でしょうか?
    高所得世帯はより稼げる職業に移行するでしょうし今後の法曹の両親の平均所得は逆に下がっていくと思いますが・・・


    「お金持ちしか法曹になれなくなる」とおっしゃりたいのであれば、現状お金持ち以外が法曹になっているという統計結果が必要だと思います
    (「中にはいる」程度でしたら今後も貧困家庭から法曹になる人は出続けるでしょうし・・・)

    No title

     私は矛盾していると思いますが、もしかすると河野さんの考えかたに矛盾はないのかもしれません。

     私なりにさらに考えたうえで、「矛盾があり、かつ、重大な矛盾である」と判断した場合には、私のブログで「わかりやすく」矛盾点を述べたいと思います。

     その場合であっても、批判することが目的ではありませんので、その点はご理解ください。今後ともよろしくお願いいたします。

    ありがとうございました

    memo26さん

    すみません。ひょつとすると私がmemo26さんの質問の趣旨を十分理解していないのかもしれせんが、私の中で矛盾しているようにはとらえていないのです。

    なぜ、修習辞退者がでたことを問題視するかといえば、とりもなおさず、これはこの辞退者のみならず、彼が言うように、法曹志望者が法曹養成の過程とその後の法曹界に対する敬遠意識を持ち、法曹界が本来獲得できる人材を得られなくなることを予感させるから、ということになります。

    そこで、memo26さんは(多分)、3000人合格の未達成で、実は本来受かっていた人間を大量に断念させているじゃないか、ということをおっしゃっているように読めます。ただ、この方たちは、たとえば激増政策がとられず、仮に1000人政策がとられて、合格していなかった場合どうなのでしょうか。つまり、誤った増員政策を前提にしなかった場合、この方々は「本来受かるべき人」の断念ではないように、私には思えるのです。さらに「貸与制」での断念組のように、現状で合格枠に入って断念する方とも違うように思えます。

    ただ、書いたように期待感を含めて、その広がった枠に入れると思った方々がいて、(もっとも7、8割合格については法科大学院1期生から懐疑的な方が多かったと聞いていますが)、予定が狂った方々がいたとすれば、それがすべてこの政策の結果を見抜けなかった自己責任とするのは酷(むしろ推進論者は自己責任を言いますが)であり、そもそもこの政策を推進した側に責任があるのではないか、ということを書いたのです。

    No title

     丁寧なご返事ありがとうございます。

    > 激増政策に反対する立場からすれば、ご指摘のような事態をもってして、問題のある激増政策の方をこの状況に合わせるべきという話にはならないと思います。

     私の問いが明確ではなかったのかもしれません。私の趣旨を明確にして、再び質問します。

     私の問いは、増員政策に反対する立場(河野さんの視点)からみて、もし、このような被害(といっていいのかどうかわかりませんが当該受験者の状況を指しています)は「やむを得ない」というのであれば、もっと被害の程度が軽微な、給費制廃止に伴う被害(といっていいのかどうかわかりませんが司法修習生の状況を指しています)については当然「やむを得ない」と考えるべきではないか。したがって、河野さんが記事に書かれたような修習辞退者が出たことをもって、給費制廃止は問題であると主張するのは変ではないか。そこで河野さんにお尋ねしますが、

     河野さんは、どう考えておられるのですか (なぜ河野さんは修習辞退者が出たことを問題視されるのですか) ということです。

    ありがとうございました

    memo26さん、ご回答ありがとうございました。ブログはいつも拝見しています。

     最初のコメントの(1)(2)については、ご指摘の通りであり、合格者激増政策という失策による被害というべきものです。したがって、仮に合格年3000人とか修了者の7、8割合格を信じて受験に臨み、その予測に反し不合格になったということであれば、この増員政策の推進論者、日弁連・弁護士会の「改革」主導層を含めた法曹界の「改革」論者に責任はあると思います。ただ、もともと「社会のすみずみまで」弁護士が乗り出す、弁護士依存社会を念頭に置いた、この激増政策に反対する立場からすれば、ご指摘のような事態をもってして、問題のある激増政策の方をこの状況に合わせるべきという話にはならないと思います。

     ただ、「給費制」に関して、memo26さんが、「公権力と対峙する弁護士を公権力のお金で養成することになれば、公権力に都合のよい方向で弁護士が養成される危険がある」としている点は、鋭いご指摘だと思います。私のブログでも以前書きましたが、かつて弁護士会が今よりも「反権力」的色彩が強かったころ、まさにご指摘のような論理での「給費制」の返上論が会内にはありました。

     ただ、問題として現実的にご提案のように弁護士会が費用負担できるのか(これ以上の会費増による負担は新たな障壁になる可能性)、分離修習へ進む危険性(公権力と対峙する弁護士としても、三者の共通言語・思考方法を統一的に学び、相手の方法論を学習する機会としての統一修習の意義)、さらには「公権力と対峙する弁護士」という存在は、むしろ国民にとっては必要な存在と考えるならば、前記ご指摘のような返上論の根拠になるような危険性があっても、むしろ国費負担はあり得る、といった見方をどう考えるのか、という点は残るように思います。

    No title

     そうです。河野さんは増員反対を主張されていますが、増員問題について「本来ならば合格していたはずの受験者」が不合格になることも「制度を正常化するためにやむを得ない」とお考えであれば、給費制廃止についても「制度を正常化するためにやむを得ない」と考えるべきではないか、と私は思うのです。

     雑誌(誌名は忘れましたが経済誌です)で読んだのですが、閣議決定を信頼して仕事を辞めて法科大学院に進学し三振した受験者が「予定どおり3000人合格であれば、自分は合格していた」ことがわかった(つまり彼は3000番以内に入っていた)、という記事でした。彼にしてみれば、たまったものではないでしょう。

     なお、給費制廃止問題についての私の立場(考えかた)は下記に記しています。河野さんはすでにお読みになられているかもしれませんが、こちらのブログの読者さんに、私が何を言っているのかを明確にするために記しておきます。

    「司法修習生の給費制問題の解決策」
    http://blog.goo.ne.jp/memo26/e/6888fbe846ac43ed6398997a9cb42592

    「司法修習生の給費制維持論は根拠が弱すぎる」
    http://blog.goo.ne.jp/memo26/e/07f6ec6d9a8efa1398391740ad790876

    No title

    memo26さん

    >司法試験の合格者数を閣議決定よりも「少なく」したことによって、「本来ならば合格したはずの受験者」が不合格になっている現実

    すみません。これは何のことをおっしゃっているのですか。「2010年ころ3000人合格」の未達成のことですか。

    No title

    >  「どうか、私のような志半ばで法曹の夢が遠のいてしまう人を産まないためにも、貸与制だけは勘弁していただきたいと存じます。どうぞよろしくお願い申し上げます」
    >  彼らの辞退も、言葉も、冒頭のように、この社会で「みんなが受け止め」納得していることの一つとして、片付けられようとしています。しかし、もし、この国の未来に前記したような「結果」が待っていたとすれば、未来の人間たちが、この時代の人間の狭量さと、想像力のなさを責めてもおかしくありません。

     河野さんは上記のような状況は「おかしい」と考えたうえで、給費制の存続を望まれているように見受けられます。

     そこで、私からお尋ねしたいのですが、司法試験の合格者数を閣議決定よりも「少なく」したことによって、「本来ならば合格したはずの受験者」が不合格になっている現実があります。「給費廃止による修習生の借金」もたしかに重要ですが、「本来ならば合格したはずの受験者」が不合格になっていることは、もっと重要な問題です。なぜなら、給費制廃止(お金の問題)とは異なり、

    (1) 当事者にとっては「二度と取り返しがつかない」うえに、
    (2) 合格者数「減」は「当事者には予測不能」だったからです。

     給費制廃止についての上記主張に説得力があるとお考えであれば、合格者数「増」の主張には「もっと」説得力がある、と考えなければ「おかしい」と思います。この点について、合格者数「減」を主張しておられる河野さんは、どうお考えでしょうか?
    プロフィール

    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
    またまたお陰さまで第3弾!「司法改革の失敗と弁護士~弁護士観察日記Part3」
    河野真樹
    お陰さまで第2弾!「破綻する法科大学院と弁護士~弁護士観察日記Part2」
    河野真樹
    「大増員時代の弁護士~弁護士観察日記Part1」

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