「猫」が決め手となった弁護士会会長選

     今から、かれこれ50年くらい前の話になります。その年、東京弁護士会では、同会所属の二大会派出身の候補者2人が、しのぎを削る会長選挙戦を展開していました。

     選挙終盤、頭一つ劣勢と見られていた一方の候補者は、大胆不敵にも、対立する会派の有力者宅へ、直談判に乗り込みました。要するにどぶ板選挙です。しかし、肝心の人物は不在、代わりに在宅していた夫人が、その候補者に応対することになりました。

     この候補者、夫人と向き合いながら、なにかお世辞のネタを探しますが、生憎ほめるものがありません。困った末、ふと見ると、汚い猫が一匹。仕方なくこの候補者は、猫の頭をなでながら、「実にいい猫ですね」とほめあげました。

     ところが、苦し紛れのお世辞が大当たり、夫人は大感激してこう言います。

     「この猫をほめて下さったのは、先生が初めてです。主人が何と言っても絶対に先生に投票させますから、ご安心ください」

     果たして会長選挙では、この候補者は見事当選します。しかも、結果は相手候補に2票差の辛勝でした。この候補者自身が、選挙の苦労談を過日のエピソードとともに周囲に話したことから、猫の話で有力者宅の影の「有力者」を動かし、勝利を決定づけたような話になり、この話は、「猫のおかげで当選」という一種の笑い話として、法曹関係者の間に伝わることになります。

     もちろん、猫の話が作用したという有力者の一票が本当に勝敗を左右したのかは定かではないのですが、対立候補の選対委員長だった柏原語六・元最高裁判事を「猫まで動員」とうならせたという話が残るほど、要するに有力対立候補を相手に勝利したこの候補者の奮戦ぶりが注目されてのことだったようです。

     まるで落語のネタになるような話です。ある意味、日本最大の弁護士会の会長選挙が本当にこんな形で決したというのであれば、なんとのどかなことかと思ってしまいます。

     ただ、見方を変えると、このエピソードは弁護士会の会派という派閥支配の選挙の姿も伝えています。かっちり派閥の影響を受けていた弁護士会の選挙であればこそ、それを意外な形でひっくり返した、あり得ない珍事が、注目されることにもなったわけです

     さらには、こうしたどぶ板選挙で、派閥支配の選挙に穴が空いた話とみれば、そもそもそうした選挙が、果たしてこうした人的つながり以上の、適材適所主義に基づく人選の手段であったのかを疑うのにも十分な材料になり得るように思います。会派の縛りが、影の有力者の縛りに負けた話は、同主義に基づかないことでは、両者は五十歩百歩ということできるように思えます。

     当時の弁護士会はのどかだったのだ、と言ってしまえばそれまでですが、そこには、のどかとも言い難い生臭い弁護士会選挙の伝統が見てとれないわけではありません。事実、会派がある東京の会長選、あるいは日弁連会長選挙で、常に会員がその成り行きにかかわるものとして意識せざるを得ないのは、この会派という名の派閥の存在です。選挙のたびに事実上、集票マシンとして機能することになるそれは、会員間に弁護士らしからぬものという意識を生みながらも、今も暗黙の了解ともいうべき存在価値を残して存在している観があります(「『会派』という派閥の存在感」)。

     「勝ってこその選挙」と言う人は、今もこの世界には沢山います。しかし、勝った選挙の方法が、適材を選ぶ手段としての選挙であったのかどうか。それにこだわらない、というのであれば、それもまた実は「猫」が決め手になる選挙と、五十歩百歩といわれても仕方がないのかもしれません。


    「司法ウオッチ」会員特典として弁護士情報検索サービス「弁護士データバンク」を追加。ただいま新規登録先着100名様、来年3月まで会費無料キャンペーン実施中! http://www.shihouwatch.com/membership.html

    投稿サイト「司法ウオッチ」では皆様の意見を募集しています。是非、ご参加下さい。
    http://www.shihouwatch.com/

    司法改革に疑問を持っている人々ための無料メールマガジン「どうなの司法改革通信」配信開始!無料読者登録よろしくお願いします。http://www.mag2.com/m/0001296634.html

    にほんブログ村 士業ブログ 弁護士へ
    にほんブログ村

    にほんブログ村 その他生活ブログへ
    にほんブログ村



    人気ブログランキングへ

    スポンサーサイト

    テーマ : 弁護士の仕事
    ジャンル : 就職・お仕事





    コメントの投稿

    非公開コメント

    プロフィール

    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
    またまたお陰さまで第3弾!「司法改革の失敗と弁護士~弁護士観察日記Part3」
    河野真樹
    お陰さまで第2弾!「破綻する法科大学院と弁護士~弁護士観察日記Part2」
    河野真樹
    「大増員時代の弁護士~弁護士観察日記Part1」

    お買い求めは全国書店もしくは共栄書房へ。

    最新記事
    最新コメント
    最新トラックバック
    月別アーカイブ
    カテゴリ
    検索フォーム
    RSSリンクの表示
    リンク
    ブロとも申請フォーム

    この人とブロともになる

    QRコード
    QR