対司法官僚制度としての「法曹一元」の挫折

      弁護士会の長年の悲願であり、弁護士に関して、その実現への期待が今回の司法改革の推進力につながったという見方もある「法曹一元制度」。弁護士の経験がある者から裁判官を採用するという、この制度について、かつて弁護士界内の論者のとらえ方は、司法官僚制度に対する「対立物」というものでした。つまり、司法官僚制度を打破するためのものということです。

     これはどういう前提のもとに言われていたのかといえば、それは弁護士経験の優越性という考え方です。つまり、現行制度の裁判官任官者は、若くして裁判所に入り、その狭い組織のなかで昇進していくのに対し、弁護士は国民のなかにあって経験を積んでいる。前者は国民と切り離された権力機構のなかで育ち、後者はその権力と対峙する立場で国民の諸要求を司法の場で実現していく経験を積みながら能力を高める、と。

     かつての弁護士会の法曹一元論者は、この考え方から、弁護士を相対的に民主的な法曹と位置付け、それがゆえに官僚裁判官制度の改革だけでは、足りないという主張にもなったわけです。

     しかし、仮にこの優越性という立場に立ったとしても、この考え方には、弁護士側から見ても、一つ決定的な問題がありました。それは、弁護士という存在の多様性です。つまり、かつての今よりも反権力的なムードが強かった弁護士会のなかにあっても、弁護士には多種多様な人間がいて、必ずしも反権力的でもなければ、官僚司法打破という問題意識の人ばかりではなかった、ということです。

     だとすれば、前記司法官僚制度の「対立物」として構想される法曹一元には、現実問題として、弁護士としての経験がある者、だけでも足りず、そうしたそれなりの意識を持った弁護士でなければならないということになるのです。

     このことが、弁護士界内の法曹一元論の一つの課題であったことをうかがわせる記述が、一元論の理論的指導者の一人だった松井康浩弁護士の著作「司法政策の基本問題」の中に書かれています。

     この本が書かれた1986年ころ、全国約13000人の約10%弱が「大企業に依拠して生活」しており、中でも経営法曹と呼ばれるグループは労働事件の経営者の代理人となっている関係で「反労働者的意識をもちやすい」。10%強は労働者側弁護士で「反大企業経営者意識をもちやす」く、その他80%がいわゆる市民弁護士としたうえで、松井弁護士はこう分析しています。

      「弁護士の意識は、依拠する階層の意識によって大きく影響を受けるが、それだけでない。権力に対しては、在野的抵抗意識と要求実現のための卑下意識のはざまで矛盾に悩むは場合があるが、依頼者層に対してもまた、法律を扱う専門家としての権威的対応と報酬支払者に対する迎合というはざまの矛盾的存在といえる」
      「このような生活基盤の多様性、取扱い事件の多様性に加えて弁護士自身の経済力、家庭経済生活が、さまざまであることから弁護士は、権力的、反権力的、ブルジョア的、労働者的など、多種多様である。こうした現実をふまえて、裁判官にふさわしい弁護士経験とは何か、裁判官としての能力とは何かが検討されなければならないのである」

     ここで示されているのは、司法官僚制度の「対立物」として位置付けられた法曹一元制度の根源的な課題です。つまり、松井弁護士も本書で認める通り、この本当の目的を達成するには、制度としてそれが実現することと同時に、この目的にふさわしい弁護士を弁護士会側が養成しなければならない、という現実を背負うことになるからです。

     全裁判官を弁護士から選任するという形を作るに当たって、このことが極めて現実的には困難であることを、実は多くの弁護士は気が付いていたのではないか、とも思います。以前も書きましたが、一定の弁護士経験を経由するなかで、弁護士としての経験と意識を高めた人間が、そののちにその間に築いた実務の環境を投げ打って任官するということが描きにくいということがあります。そして、その正しさは、のちの弁護士任官の実績を見ても分かることというべきかもしれません。

     しかし、それもさることながら、やはり大きなネックは弁護士の多様性だったと思います。つまり、多様な立場の弁護士がいて、さらに時代が彼らに多様性を求めているなかで、司法官僚制度の「対立物」として反権力的なスタンスの弁護士によって実現する法曹一元というものが、少なくとも「改革」論議前夜の1980年代当時の大多数の弁護士の共通認識としては、既に成立し得なかったのではないかと思えるのです。

     結果、悲願は悲願、理念は理念として「法曹一元」という文字は掲げられながらも、それは弁護士任官制度が取って代わり、やがて文字としてもかすんでしまったように見えます。そして、あるいは、こういう結果になることを官側はとっくに見抜いていたようにも思えるのです。

      「改革」は弁護士に多様性を求め、そのための数の必要性を突きつける形になりました。経験に培われた反権力的精神をもって裁判を変革するという意識からも、弁護士はさらに遠のき、経済的に追い込まれるなかで、まずは生きていくための仕事、さらには松井弁護士の描いた「報酬支払者に対する迎合」に走る若手の存在までが言われ始めているのが現実です。

      「法曹一元」の挫折と、それが遠のく現実のなかには、やはり等身大の弁護士の姿があるように思えます。


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    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


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