「弁護士自治」崩壊の兆候

     弁護士自治の最大の弱点、別の言い方をすれば、それを維持していくうえで、最も厳しいカードは何かを考えた場合、大きく二つのテーマが考えられるように思います。

     一つは「経済的な自由」ということです。もし、個々の弁護士の「経済的自由」が重視され、それを優先するという方向が強まった場合、あるいは弁護士自治はひとたまりもないかもしれません。いうまでもなく、弁護士の自治と一体の弁護士会への強制加入、つまりは弁護士会に登録しなければ、弁護士として活動できないということは、あくまで「経済的な自由」が強調されるほどに、規制という側面もまた浮かび上がるからです。

     もう一つは、「国民の支持」ということです。弁護士の活動は、常に多数派の国民の側に立つわけではなく、時に社会的に孤立した少数者の側にも立つものです。多数派国民の支持を、権力と対峙し、そのために独立していなければならないためにある弁護士自治の基盤とみることは、常に権力と向き合うとは限らず、むしろ、権力側を支持するかもしれない国民に基盤を求めることとして問題にならないか、ということです。いうまでもなく、国民世論が「弁護士自治は必要なし」という結論を出した瞬間に、これまたひとたまりもないということになります。

     実は日弁連は、2001年5月の定期総会で、「市民の理解と支持のもとに弁護士自治を維持・発展させる決議」を採択し、その基盤を市民の支持に求める姿勢を示していますが、この採択をめぐる議論でも、会員から強い異論が示されたところです。

     弁護士自治を支えていくという観点からいえば、個々の弁護士がこうした二つのカードを仮に自治を不要とする要素になり得るものと見ても、なお、これを上回る意義を最大公約数的に了解しているということが必要になります。それは、つまり前記したように弁護士が国家とも対決をして職務を遂行するという職能の本質から、検事と対等でなければならず、そのために司法制度の公正性からも、権力の介入を許さない独立性とそれを前提とした弁護士自治が必要ということの、いわば価値への了解ともいえます。現に、この理解の下で、弁護士は弁護士自治を非常に重要な存在として守ってきました。戦前、司法大臣の監督下に置かれ、国家の影響によって、弁護士の人権擁護活動が阻害されたことの深い反省も言われてきました。

     これは、後者の「国民の支持」ということからいえば、基本的に弁護士には従来、国民の側の法曹という自負があり、弁護士自治は当然、国民の権利を守るためにある、ということからとらえられてきた面もあります。一方で、例えば、犯罪者の弁護不要という世論が仮に多数を占めても、「民主的に」弁護士の活動が否定されるということはあり得ないように、そもそも自治もそうした制度として多数派世論から超然とすべきという見方もあったように思います。

     2001年という年になぜ、あえてあのような決議が採択されたかを考えると、その時期が「市民のための改革」を掲げて日弁連が本格的に「改革」に突き進もうとしていたときであるとともに、その「改革」のメニューに「自治」見直しというテーマが加わる動きもあったことが、背景事情としてあるように思えます。つまり、ここで弁護士自治の市民的基盤ということを日弁連は姿勢として掲げる政治的な事情があったようにもとれるのです。

     一方、前者についていえば、かつて弁護士の非営利性が強調されるほどに、弁護士自治はむしろ弁護士活動の自由を確保できるというとらえ方もできました。経済的自由権よりも精神的自由権が、その意義として理解されていたということもできるかもしれません。

     さて、今、弁護士自治と弁護士会の強制加入は、まさにこの二つのポイントからぐらつき始める兆候があるといっていいと思います。弁護士の増員に伴う弁護士のビジネス化への意識、若手を中心とした経済的な余裕のなさは、ともに「経済的な自由」への要求を高めています。「会費」負担への不満から、強制加入不要をいう声のなかには、もはや「経済的な自由」を上回る自治の価値を見出す意識はみられず、それは個々の弁護士業務の足を引っ張るような存在としてとらえられているように見えます。

     もちろん、前記決議から10年を経ても、依然、弁護士自治の意義を国民が基本的に理解し、支持しているという状況にあるとは思えません。むしろ、弁護士の不祥事の多発、それに対する弁護士の懲戒制度の抑止力の問題といった点がクローズアップされた場合、弁護士を国家のより強い監督下に置くという考えに、世論が一丸となって反対する立場に回るとは考えにくい状況です。そもそもが、旧来の弁護士が考えていたほど、権力との立ち位置でこの制度を多くの国民が、弁護士側で支持するという状況が見通せていたわけでもないように思えます。

     こう見てくると、一つはっきりしてくるのは、弁護士を激増させ、競争の「淘汰」によって質を維持していくという推進派の描き方は、どう考えても、弁護士自治不要論台頭への危険をはらんでいるということです。いうまでもなく、この競争と淘汰のなかで、既にその兆候が現れているように会員の意識は「経済的自由」に価値を見出し、その中では、弁護士自治は競争を阻害する規制と位置づけられます。競争がよりよいサービスをもたらし、質を良化させ、国民のためになる存在と描かれる以上、国民もまた、阻害要因へは否定的な目線を向けます。さらには、増員による「淘汰」の過程で、現象として弁護士不祥事が多発すれば、正面から弁護士会の懲戒制度の無力さとして自浄作用が問われ、これもまた自治不要論が描き出されれば、国民はそれを支持しておかしくありません。もちろん、会員意識の離反は、自治の内部崩壊の序曲となるでしょう。

     弁護士会の推進論者は、どう考えているのでしょうか。こんなことは起こらないと、とてつもなく楽観的に考えているか、それともすべてを予想して、いずれは自治の旗を降ろすこともやむなしと考え始めているのか、そのどちらかではないかと思えてきます。


    「司法ウオッチ」会員特典として弁護士情報検索サービス「弁護士データバンク」を追加。ただいま新規登録先着100名様、来年3月まで会費無料キャンペーン実施中! http://www.shihouwatch.com/membership.html

    投稿サイト「司法ウオッチ」では皆様の意見を募集しています。是非、ご参加下さい。
    http://www.shihouwatch.com/

    司法改革に疑問を持っている人々ための無料メールマガジン「どうなの司法改革通信」配信開始!無料読者登録よろしくお願いします。http://www.mag2.com/m/0001296634.html

    にほんブログ村 士業ブログ 弁護士へ
    にほんブログ村

    にほんブログ村 その他生活ブログへ
    にほんブログ村



    人気ブログランキングへ

    スポンサーサイト

    テーマ : 弁護士の仕事
    ジャンル : 就職・お仕事





    コメントの投稿

    非公開コメント

    プロフィール

    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
    またまたお陰さまで第3弾!「司法改革の失敗と弁護士~弁護士観察日記Part3」
    河野真樹
    お陰さまで第2弾!「破綻する法科大学院と弁護士~弁護士観察日記Part2」
    河野真樹
    「大増員時代の弁護士~弁護士観察日記Part1」

    お買い求めは全国書店もしくは共栄書房へ。

    最新記事
    最新コメント
    最新トラックバック
    月別アーカイブ
    カテゴリ
    検索フォーム
    RSSリンクの表示
    リンク
    ブロとも申請フォーム

    この人とブロともになる

    QRコード
    QR