法曹養成の「暗黙の前提」

     昨年、姫路獨協大学が法科大学院として初めての入学募集中止を決定したことに関連して、社会学者の宮台真司氏が、同年5月に法科大学院の失敗について、ラジオ番組で興味深い見方を示していました(2010年5月28日、TBSラジオ「デイキャッチャーズ・ボイス」) 。

     宮台氏は、ここでロースクール構想や大学院設置基準の大綱化といった1990年代以降の流れは、「ガバナンスがでたらめ」で、法科大学院構想は「数合わせの制度改革」だとしています。

     つまり、彼がいうのは、法律実務家が米国の20分の1といった数の不足論がこの構想でいわれたが、日本は米国のような訴訟社会ではなく、「隣人を訴えただけでもバッシング」されたりする国であり、「できれば自分たちで解決してどうしてもダメなものだけ法の裁きを受けましょうという法文化」がある、その違いをわきまえず米国のように増やした結果、弁護士は仕事がなく、債務処理の広告を出しまくり、若い弁護士の低年収まで聞こえてくる――。

     これが社会の一部をいじくった「数合わせの制度改革」の結果だというわけです。宮台氏は、日本の前記したような、できるだけ自分たちで解決して、何でも裁判所に持ち込むことはしない法文化を「いいこと」と受け止めているとしています。その意味では「法の支配」や「二割司法」が強調される司法審路線の「改革」は、ここに泣き寝入りや不正解決を描き込み、この「法文化」を望ましくないものとして、変えようとしているともとれるわけですが、これに対する社会的了解というものが果たしてあるのか、という根本的な問題を浮き彫りにしているように思います。

     しかし、このこともさることながら、宮台氏は、もう一つさらに興味深い見方をここで示しています。1990年の大学院大学化、翌年の大学院設置基準大綱化による市場化、透明化、ルール化での「公正な競争」という発想がもたらした大学院の質の低下です。旧帝大は定員が倍増し、学生の質の低下し、また周辺大学も学生を吸い取られ水準が下がってしまった。その結果として、「20年前の学部4年と大学院博士課程1年が同レベル」といわれるほどの状況や、ドクターをとっても就職ができないといった問題も生み出した。それも、大学が社会でもっている機能をわきまえない「数合わせ」の結果だとしています。

     そして、ここで彼は重要なことを言っています。この「質の低下」とは、枠の広がりだけによるものではない、というのです。

     「大学院がどうしてまわっていたかといえば、それは透明化、ルール化されていない周辺的なものによって支えられていた」

     それは何かといえば、人々の大学生や大学院生への尊敬だったり、地方から来た学生が地元にリターンしなければいけないと思い込んでいたり、先生や先輩との人間関係がゼミの活気を支えていたり。そうした「明文化されない暗黙の前提」が支えていたのだというのです。こうした文章化、ルール化できないものが、全部つぶされた結果、「暗黙の信頼関係が崩れ、研究者の卵が安心して研究できる、勉強できる環境を奪った」と。

     この宮台氏が指摘する変質のプロセスもまた、法曹養成の今にぴったりあてはまるように思えるのです。法曹人口の激増政策と法科大学院制度が壊しているものも、一定の規模のなかで教官と修習生の関係で作られてきた司法修習、あるいはそうしたものへの意識、「給費制」がもたらしていたそうした関係が維持できる経済的余裕、弁護士になってからの先輩弁護士について教わる教育の機会ではないでしょうか。そして、これは法曹自身にももちろん責任はありますが、このプロセスで弁護士に対する人々の尊敬の念もまた、下降している。あるいは淘汰のプロセスは、下降をもたらすおそれがある。

     法曹の卵たちの安心して勉強できる環境が、これまでの「暗黙の前提」を取り払うことで奪われた、もしくは奪われようとしているのではないか、と思えてくるのです。

     「暗黙の前提は壊すのは簡単だけど、壊したものをまた作り出すのは、珍しいというか難しく、成功した試しがない。もうダメかという気がします」

     宮台氏は、前記大学院の今後に関しては、かなり悲観的な見方を提示しています。しかし、法曹養成の「改革」において、まだその「前提」が完全に奪われていないのならば、まだ間に合うのかもしれません。


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    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


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