失われつつある修養の機会と時間

     駆け出しの記者時代、地方紙を渡り歩いてきた先輩によく言われた言葉があります。

     「士農工商編集者だよ」

     編集者はそのくらい身分が低いと思えということですが、何も卑屈になれ、と言っているわけではありません。言うまでもなく、そのくらい謙虚な気持ちで臨め、ということです。

     実は、のちにこの言葉は、出版とか新聞編集の世界ではよく言われる言葉だということを知りましたが、時に対原稿依頼先、対取材相手、さらには対印刷会社もしくは自社印刷部門での、編集者・記者への自戒の言葉として言われているものです。

     逆に言えば、ここは駆け出し編集者や記者が勘違いしやすいところだということでしょう。記者になったことで、偉そうな気持ちなり、それが態度に出てしまうのだと。勘違いの新人が、印刷部門の工員さんたちから、そっぽを向かれてしまい、いい人間関係や協力関係を築けなくなるといった話もいくらもありました。また、スムーズに仕事を進めるということだけでなく、そもそも記者としては、高みから見降ろしていては、事実に迫れない、下から見て分かることが沢山ある、ということでもありました。

     当時、先輩にそう言われ、現場に出て周りを見渡せば、社旗をつけた会社の車で現場に来ている若い日刊紙の記者のなかには、びっくりするくらい勘違いしている人間もいて、これはいかんなあ、と前記言葉の意味を改めてかみしめ、自分は先輩の助言で救われたと感じたものです。

     この先輩も、その先輩からこの言葉を教えられたと言っていました。彼が、そうであったように、いくつもの教訓や心構えを私も彼という先輩から与えられました。それは職場だけのことではなく、毎夜、居酒屋まで付き合って学ぶことでもありました。先輩の経験談とともに、そうした心構えを知るためにも、どこまでも付き合った思い出があります。いまでもその先輩に感謝していますが、それと同時になによりそういう時間と機会が持てたことを幸せに思っています。

     即独という弁護士の状況を見て、違う世界とはいえ、重ねてみてしまうのは、こうした機会のことです。やはり、弁護士にしても、技術的なことや開業ノウハウ的なことだけでなく、心構えや弁護士のあるべき姿勢を学ぶということについていえば、正直、即独には無理がある、逆に本人にとって厳しいように思えるからです。少なくとも、これまでのように先輩弁護士のもとで修行する形、時に職場以外も含めた機会と関係がある形に比べて、どちらがその面で弁護士を育てる形として望ましいのかは、いうまでもないことのように思うのです。

     先日のNHKの「クローズアップ現代」でも、即独弁護士が分からないことを先輩に尋ねるシーンが出てきましたが、仮にそれで片付くことがあったとしても、やはりそれが前記したようなものを満たす時間と機会ではありません。そのことは社会に対する弁護士の質をできるだけ確保・保証しなければならないことを考えるうえで、やはり考える必要があります。

     「即独でもなんとかなる」「おかしな先輩につくよりも返っていい」という意見も聞かれます。「別に飲みにいったって学べるもんじゃない」という人もいるとは思います。それはそうかもしれません。ただ、これは社会全体にいえることかもしれませんが、いまよりも濃密で時間をかけた人間関係のなかで、伝えられてきた精神性、それによって担保されてきた安全性というものがあったように思えてならないのです。

     最近も若手弁護士の非常識な振る舞いが自身のブロクで公開されていることが話題となりました。法律家として社会人としてあるまじき言動、場合によっては違法なものまで含むとされる行動に厳しい意見が出されましたが、先輩の中には誰か彼に近い先輩がきちっと教えてあげてほしい、と訴えているものも目にしました。

     やったことは結果から判断されて当然ですし、まして弁護士としての自覚はどんな過程を経て、そこにたどりついていたとしても問われなければなりませんが、一方で、やはりとてつもなく何か精神性が欠落している印象を持ちました。個人の資質はもちろんありますが、それでも踏み外す前にあるべき形、あってはならない形を丁寧に時間をかけて叩きこまれていたならばどうなのだろうという思いは、やはり強く持ちます。助けてあげたい先輩の気持ちの中には、それもあるように思えました。

     司法修習も以前とはかなり変わり、志望者側からも無用論に近い意見まで出始めている状況ですが、依然、かつてのような師弟関係も残ってはいるようです。先日、会った元弁護教官は、そうした伝統的ともいえる修習期間の関係はこれからもどうしても残してほしい、と言っていました。

     「法曹の養成に関するフォーラム」では、「次元が低い」「格調が下がる」話し扱いにされた、「給費制」がなければ出席が危ぶまれると本音で修習生が語っている教官らとの懇親会や飲み会も、やはりそこに一つの学ぶ機会があったようにも思えます(「『格調』を重んじ『夢』を与える『フォーラム』」)。

     もちろん、こうしたものだけでどうにかなる、というものではないかもしれません。しかし、この世界の実績として本当は評価していい過去の方法が失われてきていることには、むしろ目を向けるべきです。

     やはり、今、若手の置かれ出している状況が明らかに悪化しているのであるならば、弁護士は先輩から精神的な面を含めて受け継ぐための、失われた機会を何が壊しているのかをまず、直視すべきだと思います。かつての「イソ弁時代」や修習期間の師弟関係を知っている法曹が、まだこの世界に沢山いるうちに、この流れを変える必要があるように思います。


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    いま一般社会でも,正社員が上司と飲みに行っていろいろなことを教わるというのが急激に減ってきて,特にアルバイトや派遣などですと,会社で飲み会すら開いてもらえず,仕事中も最低限の会話のみ,キャリアアップの機会なんて自分で専門学校にでも行かないとない,という人が増えてきているのかもしれません。そういう状況ですと,こういう弁護士の師弟関係などがぴんと来ない人が増えてきているのかな,と言う気はします。でなければ,ネット上で修習生の飲み代があれほどたたかれるとは思えません。
    プロフィール

    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


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