司法修習不要論への足音 

     今年3月に都内の法科大学院を卒業して、新司法試験に合格したという人物が、ブログで「司法修習制度に対する批判」というタイトルの記事を載せています。

     「司法修習に向けて勉強は一切していません。どーせ刑事訴訟なんてやらないし、民事訴訟も知財しかやらないだろうし・・・。ただで1年も拘束されて、生涯年収を減らされて、司法修習制度はマジで渉外弁護士にとっては懐疑的な制度としか言いようがない」

     文面からして、この人物は渉外弁護士志望のようです。司法修習制度への前記したような評価は「結構前から、企業の法務部関係者とかは強く主張しているところ」とし、「司法修習中も商事法務とかを読んで、しっかり渉外弁護士としての意識を高めておかないとやばそう」などとしています。

     要するに司法修習不要論です。こんな言い方が出てきます。

     「司法修習の合間に就活している修習生、刑事弁護・検察官を志望する修習生、と一緒に勉強会をやって、同じような意識を持って、先端的な議論を展開することができるのだろうか・・・。結局一人での勉強なら仕事しながらのほうが得ることが多いのではないか・・・。なんだか司法修習に魅力を見出すことができない」

     つまり、渉外弁護士を目指す自分が、自分とは違う志望者たちと席を並べて果たして役に立つ勉強ができるのか、1年間が無駄というような言い方にとれます。

     もちろん、これを見た先輩弁護士のなかには、驚き、あきれていらっしゃる方もいます。

     「確かに、こういう人に、国費かけて司法修習させてやる必要ないわ、と国民が考えても無理からぬなあと思った。それよりも、まず、ロースクールに国が補助金を出してまで、こういう人に司法試験の受験資格を与える必要もないだろう。こういう人には、採用する渉外事務所が金を出して、『渉外事務担当資格』という特別の資格を与えればいいでしょう」
     「採用する渉外事務所が、養成から実務教育まで全部面倒を見てね、と言いたくなってしまうわ。そして、一生涯、渉外事務所から出さないでほしい」
     「こういう方が、渉外弁護士→マチ弁 になってもらったら、国民もいい迷惑だ」(「弁護士のため息」)

     しかし、前記新司法試験合格者を名乗る人物のブログの、コメント欄には、この内容に「同感です」とする、同様に今年新司法試験に合格し、同時に、大手事務所の内定をもらっていると称する人物が、こんな書き込みをしています。

     「(検察や刑事弁護等のガイダンスで)検察は、証拠改ざんしてウソの事実を練り上げるくせに、『真実に最も近いのは検察だ!』とか、どの口で思いあがってんの?と思うような発言をしていました。刑事弁護は、どう考えても無理スジな事件を屁理屈こねて無罪にする、とても法曹のやることとは思えないようなことをやっていました」
     「こんなクソみたいな人種と何カ月も修習で関わり、挙句の果てに検察・刑事弁護の起案をさせられるとか、苦痛でなりません。むしろ、慰謝料として、給費制のときの金を払ってほしいくらいです(笑)。僕自身は、少なくとも、検察・刑事弁護好きの人種とは関わりたくないです。暑苦しいだけですので」

     言うまでもありませんが、彼らがもし、本当に自称しているような経歴の人物だとしても、司法修習生が、こうした意識の人物で埋め尽くされているということではありません。ただ、もし、そうだとしても、これはどういう事態がもたらした結果でしょうか。こうした意識が混ざりだしていることは、前記先輩弁護士が最後に懸念しているような事態の現実化を含めて、見逃していい兆候とは思えないものがあります。

     あえていえば、これは「受け皿」から逆算された当然の結果とみることもできます。弁護士の経済状況が厳しいといわれるなかで、弁護士増員は必要、ニーズはいくらもある、という企業系弁護士から発信されている情報は、とりもなおさす志望者に「法曹界を目指すのなら企業系」というメッセージとして伝わっています。企業系なら一番食いっぱぐれがなさそうだと。

     そして、弁護士がビジネスと割り切られるなか、なにを好き好んで刑事弁護か、役立つことを早くやらせろ、いうわけです。法廷に立つことを想定していない法曹を目指す人の修習不要論は徐々に醸成されている、という見方もあります。

     さて、どうするのか、ということになります。最大の問題は、一部の法律実務家の実態に即したこうした発想を持つ彼らに、この「改革」の状況は、ある意味、胸を張らせるものになるのかもしれないということです。

     彼らは必要とされる社会のニーズにこたえることを目指し、増員弁護士を待望する世界に足を踏み入れようとしているのだ、と。さらに、弁護士自身が、増員による競争の激化に身構え、意識としてビジネス志向になりつつあり、しかも公的な存在という意識につながるはずの「給費制」はなくなる方向です。法曹になる、ここまでの道のりには相当に投資を強いられ、弁護士の就職難もある。そうした状況をもたらす制度や政策を生んだのは「改革」だ、いうなれば、そうした「改革」の現実として、割り切られる先に自分たちはいるのだ、と。少なくとも、法科大学院と新司法試験までは、そういう彼らにも「法曹」適格者の判を押しています。

     結局、この結果として、司法修習が大事に守ろうとしてきた、統一的な過程を経て、一定の意識と共通言語を持った法曹を輩出するという機能が実質的に崩れ出し、それと同時に、不要論・廃止論が現実味を帯びたす可能性は高まってきているということになります。そして、それは決して多様化ではない、単に今よりはるかに「質」のバラつきをもった「弁護士」という存在が、いよいよ社会に放たれることも意味します。

     この兆候をもたらしている根源はなにか、そしてこれが意味する、その先の社会はどのようなものになるのかを、今、想像しなければなりません。


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    No title

    弁護士の業界では,いくつか大規模なMLがあって若手弁護士が質問したら先輩弁護士が親切に教えてくれたり情報をくれたりしてるのですが,あさんのような弁護士が増えるなら「クレクレ君にやる情報はない」「有益なことは本で書くからそれを買って勉強しろ。または研修をやるから研修料を払って聞きに来い。こっちだって慈善事業はごめんだ」という先輩弁護士も増えてしまうと思います。公益活動をしない若手を先輩弁護士は助けないでしょう。現に東京ではそういう事態になっています。お互いに労力を出し合って弁護士コミュニティが持っている,その中でいままでは即独の人も何とかやってこられたと言うことを認識しないといけません。公益活動もかなわぬほどの窮状であればそれをアピールして頂ければよいのですが。

    公益ポイントとやらを公表ひたけりゃすればいいと思う。ただしなんらかの不利益を課すのはそれにとどめるべき。公益活動wをしない人には結局依頼は来にくいというのなら、それでいいはず。

    >>全員が弁護団に参加

    こういうのがめちゃくちゃ気持ち悪いんだって。わからないかな~

    僕も、刑事どころか弁護士の仕事にもともと興味を持ってなかったけど、そうはいっても二回試験は受からないといけないから一応少しは勉強したよ。刑事弁護が優だったけど虚しいだけ。そもそもそ法テラスと国選契約してねーし

    今に始まったことでは・・・

    こういう意見は,司法制度改革前の修習生の中にだって,一定程度は,存在していました。よって,今に始まったことではないと思います。

    ただ,昔は,ブログとかツイッターとかの発言の場がなかったから,仲間うちの酒飲みの際のヨタ話で終わっていたのですが,今は,ちょっと公けになると,あたかも修習生の代表的な意見のように受け止められてしまうのでしょうね。

    最近の修習生でも,多くの人は,(単に2回試験に落ちたくないだけかもしれませんが)皆,それなりに必死に勉強していますよ。

    No title

     検察や刑事事件担当弁護士の言っていることにそこまで疑問を持つのであれば、それがどんなもんなのか、実際見てほしいなと思います。せっかく疑問を持っているのに、「自分には関係ないから」でスルーするのは残念。

    No title

    このような考え方をする合格者や修習生は旧司で合格者が増え始めた頃から存在しました。自分は渉外弁護士志望なので刑事系科目は不要だとか言ってました。それがロースクールができて修習が貸与になって一気に噴出したのでしょうね。ネットの某巨大掲示板でもよく見かける意見です。

    渉外弁護士=金の亡者ですか

    松川事件の時は、控訴審開始段階で仙台弁護士会は(自由党役員でもあった)会長以下全員が弁護団に参加していたと聞いています。年代から考えて、大半あるいは全員が統一修習なんかしてないはずですが、それでも当然のように結集していたのです。

    日本の渉外弁護士事務所とかいう奴らは、HPでは「当事務所は、国選弁護など公益活動に積極的に取り組んでいます!」などとどいつもこいつも偉そうに口をそろえています(でも具体的な件数は絶対に公開しない)が、こんなことを公言するほど思い上がった輩を仲間に加えておきながらどのツラ下げてそんなことが言えるのか? 広域暴力団が任侠道を説いてるほうがよほど説得力がある。「あんた、それは誤解だ」というのなら、こいつの採用内定を取り消して事務所の代表者名で謝罪文を発表すべきでしょう。採用内定者が、ブログで犯罪自慢や差別発言(それも社の業務に大いに関係した)などの反社会行為を行って会社の名誉を傷つけたのなら、それぐらいするのは当然でしょうに。処分しないということは、その事務所は所長以下みんな同類だと認めたということだ。

    統一修習も給費も受けてなかった60年前の弁護士たちが当然のように持っていた精神が、渉外弁護士だかビジネスローヤーだか得意げに自称する奴らには全く存在しないのはよくわかります。なぜ消失したのでしょう? 給費や統一修習は重し程度にはなっていたのでしょうか? 

    No title

    本音をいいますとね、
    この若い方のような考え方が出てくるのは、司法改革の目指した姿だし、素直だと思います。この方、正直なだけなんでしょうね。

     ただ、一つだけやって欲しいこと、公益活動は多々あり、評価は難しいにしても、公益活動を全くやっていない人(で正当の理由のない人)のポイントは公表して欲しい。
     公益活動をやる気がないならはっきりと公益活動はやらないと公表して欲しい。弁護士会も公益ポイント(私の弁護士会ではあります)ゼロの人を公表して欲しい。

     それが公平というものです。
     日本人の国民性ではこういう人への依頼は思ったより減るはずだから(企業人だって功遂げると大体公益的なことやってらっしゃるでしょう)
    プロフィール

    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
    またまたお陰さまで第3弾!「司法改革の失敗と弁護士~弁護士観察日記Part3」
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    お陰さまで第2弾!「破綻する法科大学院と弁護士~弁護士観察日記Part2」
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    「大増員時代の弁護士~弁護士観察日記Part1」

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