脱「精密司法」の副作用

     小沢一郎・民主党元代表の資金管理団体「陸山会」の土地取引をめぐる事件で、東京地裁が9月26日、元秘書らに有罪判決を言い渡したことについて、10月4日付けの朝日新聞朝刊はオピニオン面「耕論」で、3人の識者を登場させ、語らせています。

     発言されているのは、東京地検の特捜部におられた落合洋司弁護士、元裁判官の木谷明・法政大学法科大学院教授、元東京地検特捜部長の河上和雄弁護士です。

     落合弁護士は、刑事責任を問うのに十分かの厳密なチェックをする役割が裁判所にはあるのに、「今回の判決はその検証が粗っぽく、まるで裁判所と検察が一体化したかのような印象」、木谷教授は主要な供述調書の証拠採用を却下しておきながら、全体として検察側主張のストーリをほぼ認めているとして「すっきりしない判決」と、それぞれ述べ、ともに判決結果を疑問視する立場です。

     お二人の主張で共通するポイントは、一つは今回のように検察の供述証拠が証拠採用されず、状況証拠に基づいて判断する場合も、「合理的な疑いを差し挟む余地がない程度まで厳格に立証する」ことが必要ではないか、という点です。落合弁護士は今回の判決は「そうした基本理念をどこかに置き忘れている」とし、木谷教授は「きちんと立証できなくなったら、無罪もやむを得ないと割り切るべき」で、「調書が却下された場合、アバウトな事実認定で足りるという見解に通じるのであれば危険」としています。

     そして、もう一つの共通点は、小沢氏ら政治家が政治的責任として持っている説明責任と、刑事責任を問うこととは違うということです。前者が問われるあまり、刑罰につながる後者のハードルを下げることにつながっていいわけはなく、別次元であるということで、今回の判断はその点でも疑問がある、ということになります。

     この点は、大マスコミの報道に接している大衆世論のなかにも、果たして線引きができているのか、甚だ怪しいものがあります。「説明責任」という言葉が一人歩きしている感じがあります。

     さて、これに対して、河上弁護士の意見は、「常識的に証拠を判断した判決」という評価です。供述調書を不採用にして法廷中心主義で法廷に出された証拠で判断したのだから、調書中心を批判してきた人間たちが批判するのはおかしい、としています。

     ただ、このあとに河上弁護士は非常に重要なことに言及しています。「精密司法」ということです。裁判の迅速化と裁判員制度導入をにらみ、裁判所はこれまでの沢山の証拠をもとにじっくり判断する司法を「精密過ぎた」と反省しました。河上弁護士は言います。

     「本当にここまで必要なのかと思うほどの細かい事実関係についても、検察側が調書をそろえて立証するのが伝統でした。しかし今回の判決などを見ると、米国のように核心部分だけを論じる『ラフ・ジャスティス』とは言わないまでも、主要な証拠を巨視的に見て認定しようという流れが生まれているようです」

     そして、河上弁護士もその背景には裁判員制度があり、素人の裁判員が膨大な調書をすべて読むことはできず、「重要な証拠を見て、大きく認定する方向でいい」としています。

     前者二人と河上弁護士の言を合わせ読むと、どういう状況が浮かんでくるでしょうか。それは、落合弁護士が指摘した判決の検証の「粗っぽさ」や、木谷教授が懸念する「アバウトな事実認定で足りる」という方向は、迅速化と裁判員制度をにらんだ脱「精密司法」の流れの中で、いわばその影響として、起きつつあることではないか、ということです。

     もちろん、迅速化と裁判員制度の意義を強調し、この流れそのものを強く支持する側は、極力これを切り離して見ると思います。前記2人の意見にしても、裁判所と検察の一体化といった体質的な問題や、刑事裁判官の資質の問題の方を重く見る見方もできなくありませんし、極端な「精密」をやめるという話とはつながらないという見方もあるかもしれません。

     しかし、いうまでもなく、河上弁護士があえてここでそれに言及し、それを朝日が取り上げているのは、今回の判断に、この流れの影響を見ているからにほかなりません。

     われわれは、その司法の「副作用」の方を気にしなければならなくなってきているように思えてなりません。


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    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


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