大衆が想定していない「身近な存在」

     法曹界とかかわりのない知り合いとたまたま話をしていたらば、その人は弁護士という存在についてこんな言い方をしていました。

     「知り合いに一人いれば頼もしいだろうけど、できるだけかかわりたくない存在だ」

     聞いていて、まあ、これが弁護士とご縁がなく、また、とりあえずこれからもかかわる予定がない多くの市民の、正直な感想のように思いました。

     ただ、この言がもし、多くの市民の本音だとすれば、弁護士を増やして社会のすみずみに登場することが望ましいとされている方々は、あるいはこれも自らの正しさを強調する材料として使うかもしれません。つまり弁護士とは、多くの市民から、知り合いに少なくとも一人はほしいと思われている存在なのだ、と。そして、われわれの課題は、そのあとの「かかわりたくない」という部分の抵抗感を除去することなのだ、と。

     そのイメージは、まさに彼らがいう大衆にとっての医者のような、存在になることともかぶってきます。つまり、かかりつけの医者のように、気楽に困った時にすぐに駆け込める存在になるということだろうと思います。

     実は、前記知り合いの言を聞いた時、そんな彼らの言い分が頭に浮かんだので、試しにこう聞いてみました。

     「弁護士が医者のように、身近な存在になるというのはどう思う?」

     その人は、驚いて「ありえない」と答えました。そして、こう言いました。

    「一体、庶民が弁護士に医者のようにかかわらなければならない案件が、どこにあるっていうのか」

     ここで改めて感じたのは、専門家たちの論議で、時に「市民に身近な存在」として、目標のようにかぶせられる医者のイメージが、大衆にとって、いかに弁護士と同一化できない、かけ離れたものなのか、ということです。これまでも書いてきたように、そもそも多くの人が日常生活のなかで、はるかにかかわる機会があり、また、人生の最後はこれまたほとんどの人がお世話にならなければならなくなる存在と、ほとんどの人がかかわらなくて済んでいる弁護士が、現段階で大衆にとって同一に見れるわけがありません。

     むしろそれもさることながら、問題は、前記「身近な存在」論者が、そこにあたかも大衆が気が付いていないニーズがあるかのようにいう点です。つまり、弁護士が医者のように社会生活のなかに登場すれば、もっとこの社会はよくなるのに、それを今は知らないだけで、そうなれば彼らは納得するはず、だから、そういう社会にするべきなのだ、と。

     さらに、言ってしまえば、実は前記論者は、この前提を強調するために、庶民のなかに大量の泣き寝入りと不正解決があると描きました。司法の機能不全を言った「二割司法」の世界です。泣寝入りや不正解決がないとは思いませんが、その現実が社会のすみずみまで弁護士が登場する、医者のような存在になることと結び付けられる、それを実感としてとらえられる大衆はどのくらいいるのでしょうか。もし、本当にそういう大衆がこの社会に沢山いるのであれば、弁護士が増員され、社会のすみずみにまで顔を出す方針は、拍手喝采で迎えられていいはずです。

     いや、現に彼らはそういう描き方をしている、といっていいかもしれません。なぜなら、彼らは社会のすみずみにまで顔を出すために増産される弁護士に、大衆がお金を投入する意思と用意がある、そして経済的に支えてくれると、勝手に描いているからです。

     しかも、どう考えても、大衆は弁護士とってのリピーターになることをイメージしていません。質の悪い弁護士が社会に放たれても、競争の淘汰でなんとかなる、とおっしゃる方々は、弁護士の仕事では、それが成り立たたない、大衆にとっての一回性の存在であることを無視しています。大衆には次がない、次によりよい弁護士を選ぶという機会自体がない人がほとんどなのです。

     弁護士が社会に登場する社会の枠組みをつくるためというよりも、もはや登場する口実を作っているようにすら感じます。大衆の意思を忖度しつつ、実はとてつもなく、離れたことを進めようとしているのではないか、と思います。それを国民が知らないだけのことなのです。

     もちろん、こうした社会にすみずみに弁護士が登場する社会を疑問視している弁護士もいます。そうした弁護士の一人がこう書いています。

     「私は事件が終了して依頼者から別れを惜しまれるとき、必ず依頼者に対して『ありがとうございます。でも、弁護士とは関係が切れた方が良いのですよ。これから二度と弁護士のところに来ないで済めば良いですね』と言います」(武本夕香子弁護士のブログ)

     弁護士が社会のすみずみにまで乗り出すことを目指す図を描いている方々と、この弁護士とでは、どちらが大衆の立場に立ち、その現実的な気持ちとつながっているかは明らかです。


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    ありがとうございました

    某弁さん、コメントありがとうございます。

    なるほど、と思いつつ、拝読させていただきました。
    やはり、増員推進派の論調は、無償のニーズと、増員や職域拡大のつなげ方に現実性がないということだろうと思います。また、「軍隊」のたとえは、非常に分かりやすかったです。
    なぜ、こうした弁護士と大衆ニーズの現実を知っていてもおかしくない方々が、「改革」路線の旗を振っているのか、改めて不思議な気持ちになります。
    大変、勉強させていただきました。

    今後ともよろしくお願いします。

    No title

    いつも興味深く拝見させて頂いております。

    さて、弁護士の職域については弁護士法上の弁護士の法律事務の独占とリンクする者と思っています。

    日弁連こそ紛争不要説ですが、法務省は紛争必要説を採っており(ただし紛争性とはかなり広く、相手方が払えない場合も含む)、恐らく国民市民の感覚は紛争必要説に近いのだと思います。
    私は個人的には日弁と異なり、紛争性をかなり広く捉えた上での必要説が正しいし、これに違反する隣接士業を排除する方向で弁護士会としては正しいと思っていますが、それはそれとして、国民は紛争の場合に初めて弁護士を頼むという意識があるのです。
     そして、現状の弁護士体制は紛争性を前提として、隣接士業とのすみわけ、協働関係を行っています。紛争性のある案件は類型化できませんから、当然のことながら隣接士業より桁の一つ違う費用がかかっても隣接士業はそれを当然のことと認識しているわけです(一部、無資格で紛争性のある業務に入ってこようとする隣接士業を除く、簡裁代理は別として)。その代わり、手間はかかります。
     紛争予防は企業のような紛争が一定割合起こる当事者は別とすれば、庶民には重要ではあってもそれほど金銭的に負担をすることは困難です。なぜなら、紛争は紛争の芽があるものの内、せいぜい1割で紛争が顕在化するのですから(相続を想定してみてください)、弁護士としては当該相談者が相談に乗った場合、今後の顧客開拓につながる等の動機がある、公費が使われている(無料法律相談)、事件を受任できる等の動機がない限り、紛争予防ではせいぜい5000円程度の相談料、人によっては無料(私もほぼ無料ですが)ですから、ここはいくら職域を拡大したところでペイしません。
     では、相談に特化する弁護士像のイメージがあってもと思う方もいるでしょうが、実はこの弁護士像、国民のニーズに全くあっていません。企業国民が弁護士に望むのは紛争の現場でシビアに戦っている経験をもつ専門家のシビアなリスク判断なのです。

     例えは微妙なのでご容赦くださいということを前提に書くと、弁護士とは国家でいうところの軍隊と一緒だと思います。国家が存在する以上、戦争に発展する場合もあるので軍隊をもつのは一般です。
     しかし、平和なときは軍隊は使い物になりません。今の司法改革は要は軍隊を増やそうとして職がないから(弁護士なんて、紛争解決を離れた領域で使い物にならないのは当たり前)、町の交番にも軍人を配置させよう、その方がより平和な社会が来ると言っているに過ぎません。
     町に安全は警察(=隣接士業や役所)の仕事です。弁護士が得意とするのは、対外戦・内戦(=紛争=裁判を見据えたリスク判断)で、それほど活躍の場があるわけではありません(確実に活躍の場があるのも事実ですが)。
     司法改革万歳路線の方は、誤解しちゃうんでしょうね。軍隊が活躍する場面は目立つのと同様(戦闘機が飛んでとか)、裁判で決着をつけるとかそれを前提に交渉をするって華々しいから、この華々しさを隅々に定着させれば、良い世の中になると。
     弁護士が必要なのは紛争という戦場のみです。
    プロフィール

    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
    またまたお陰さまで第3弾!「司法改革の失敗と弁護士~弁護士観察日記Part3」
    河野真樹
    お陰さまで第2弾!「破綻する法科大学院と弁護士~弁護士観察日記Part2」
    河野真樹
    「大増員時代の弁護士~弁護士観察日記Part1」

    お買い求めは全国書店もしくは共栄書房へ。

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