「陪審制」失敗の教訓

     昭和3年(1928年)10月1日、天皇はこの日、東京の3裁判所を視察し、次のような勅語を下しました。

     「司法裁判ハ社会ノ秩序ヲ維持シ国民ノ権義ヲ保全シ国家ノ休戚之ニ繋ル 今ヤ陪審法施行ノ期ニ会ス 一層恪動奮励セヨ」

     東京の裁判所が天皇を迎えるのは初めてで、この日の陪審法施行が、いかに国家的重要行事と位置付けられていたかを物語っています。司法部はこれ以降、10月1日を「司法記念日」と定め、敗戦で立ち消えになったそれは、戦後昭和35年(1960年)「法の日」として復活して、今日に至っています。

     この国で始まった陪審制は、当時の社会にどのように受け止められたのか。実は同制度がスタート早々から、順風満帆ではなかったことが、第一東京弁護士会編「われらの弁護士会史」(1971年刊)に紹介されています。

     それによると、当初の懸念に反して、評決自体は順調で、陪審員の出頭率も高かったのですが、実施1年後、意外な結果が明らかになります。陪審にかかる事件が少ないのです。

     当時の陪審制には、被告人に選択権がありました。実施前の当局による年間1500~2000件前後という見込みは大きく外れ、実施後1年で陪審にかかる事件は、その1割にも満たず、しかも漸減傾向を示したのでした。

     すぐさま「陪審不要論」が台頭しました。

     「国民は陪審を心から求めていない」
     「陪審裁判と専門裁判官がほぼ同様のところに帰着するのでは裁判の改良になっていない」

     当時の新聞にも「不人気の陪審」「陪審の実施は失敗か」の文字がおどりました。そして、遂には弁護士会にも同調者が現れ、地方の弁護士会の中には、廃止決議の動きも出始めました。

     こうした動きに憤激したのが、制度創設を推進した弁護士の原嘉道や花井卓蔵らでした。彼らは制度が利用されないのは、陪審法の適用事件の範囲が狭いためである、と強力に主張。当時の帝国弁護士会も会を挙げて、法改正への取り組みを開始します。

     陪審法では、対象事件について、法定刑が死刑または無期懲役・無期禁錮に当たる刑事事件については陪審の評議に付すこととし(同法2条、法定陪審事件)、さらに長期3年を超える有期懲役・禁錮に当たる事件で、地方裁判所の管轄に属するものについて、被告人が請求したときには陪審の評議に付すこととしていました(同法3条、請求陪審事件)。しかし、当初の構想では、さらに広い範囲が対象になっていた、というのです。

     当時の第一東京弁護士会の常例懇談会で講演したときの、原のこんな言葉が残っています。

     「こんな狭い陪審制度では到底此の目的を達することは出来ないということは、其の当時から分かり切って居たのである。・・・この位見え易き理屈が在野法曹の中にも分からぬ人があるというに至っては驚き入るの外はない」

     しかし、彼らの主張とはうらはらに、陪審制無用論は衰えず、法改正は実現しないまま、昭和18年(1943年)、陪審法は停止されます。不評の背景には、裁判所、検事局はもとより、陪審員候補者名簿の作成を担当する市町村当局の負担過重があったともいわれています。

     原たちが主張した法制度の不備もあったかもしれませんが、それも含めて、現実的実施への見通しが甘い、つまり、いかに国民の意識や関係者の負担を甘く見積もった性急で無理な制度であったかが分かります。

     さて、それから半世紀以上を経て、「国民の司法参加」は、裁判員制度として復活しました。前記陪審制度の歴史を見ると、それなりに陪審制度の「失敗」を意識したように取れます。

     法曹界内の異論を排し、被告人の選択制を取っ払うことにこだわったのもそうですが、ある意味、あるべき裁判の形、あるいは民主的な姿よりも、とにかく制度が立ち行かなくなることを恐れ、順調に運営されているという形を作ることに、こだわっている観があります。

     一方で、裁判員制度は、憲法にもない国民の負担、強制という意味で、民主的制度とは矛盾するともいうべき、無理を引きずり、それを覆い隠す本質を引きずっています。もちろん、この制度の必要性について、正面から国民に問われたわけではありません。専門家たちのいう効用が、強制の了解のもとに選択されたわけではありません。「心から求めていない」のは、陪審制時代と少しも変わりません。そこには、降って湧いた強制に対する国民の反応を試す別の意図すら浮かび上がらせます。

     裁判員制度スタートから2年、陪審制の「失敗」から学ぶべき、本当の教訓とは何かを考えるべきときのようにも思います。


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    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


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