「長老支配」ムードの思い出

     いまでこそ耳にすることがなくなりしたが、かつて弁護士界では、「長老支配」という言葉がよく聞かれました。もちろん、この言葉を使う弁護士は、界内のそうした状況を批判している方々なので、当時の多くの弁護士が、内心はともかく、それを自認するわけもなく、あるいは「そういう言い方はけしからん」と大弁護団が結成されてしまうムードもありました。

     以前も書きましたが、この状況は弁護士会選挙ではっきりとその力を示しました。全国の「国盗り物語」になる日弁連会長選挙では、地方を制するのにはまず各地に君臨する長老を抑え、上から下への選挙運動をするのが定石といわれる時代もありました(「選挙に燃える弁護士たち」)

    それがどんなものであったのか。ある意味、ここ10年くらいの弁護士会しか見てきた経験のない方々には、もちろんピンとこないのかもしれません。

     今から30年くらい前に、私が入社した法曹界向けの新聞社も、当時はそうした保守的なムードを反映したところでした。歴史のある新聞社でしたが、そうした、いわゆる大物長老弁護士たちの強い支援を受けて、基盤を作っていたこともあります。

     ただ、当時既に紙面を作る側からすれば、決定的に限界が見えていました。大物の取材はいくらでもできましたが、逆にそうした支配的なカラーに対して、会内民主主義をいう若手・中堅の拒絶感が強く感じられていたからでした。

     若かった私を含めた、当時の記者は、なんとかしなきゃいけない、と考えました。とにかく、これからの弁護士会を支える若い、元気な弁護士を取り上げなければならない、インターネットもなく、情報紙は弁護士会機関紙くらいしかない時代に少しでも、弁護士会の今の議論を伝えなければ、と考え、議論の最前線の人たちの意見を「論壇」で取り上げ、少しずつ紙面改革に取り組みました。弁護士会自体のムードも変わりつつある時代だったと思います。

     もちろん、弁護士会の取材活動では、長老の力は強かった。とにかく、原則使えるものは何でも使うのが、また記者のやり方ですから、前記したような方向に行くためにも、そこはそれなりにお世話にはなりました。例えば、いわゆる弁護士会の意見書などの執行案件でも、今よりはかなり緩かったとはいえ、表から取材を申し込んでも、執行前(対外的な正式発表前)は出さないという建て前で、拒否されることも多かったのですが、こちらとしては、どうしても議論の経過や今の状況を流したい。

     そういう局面ではすさまじい威力でした。お世話になっている長老弁護士に、頭を下げて頼みこみにいく。すると、たちどころに道が開けてしまう。「○○君のところにいきなさい」。まあ、直接、申し込めば、間違いなく拒否する○○弁護士が、真剣に取材に応じてくれる。どの世界にもある当たり前のことかもしれませんが、万事そういう調子で、前記選挙効果も当然、肌感覚でうかがいしれるところではありました。

     こと取材に関しては、これがいいことか悪いことかは立場によって評価が変わります。すっぱ抜けば、時にネタもとに関する弁護士会の犯人探しが始まったりもしましたが、それはこちらには関係のないことです。一度、「犯人」としてばれてしまった、取材相手の弁護士から「オフレコっていったろう」と怒鳴り声の電話をもらいましたが、後日、「いやーあの時はすまなかった。弁護士会関係者に囲まれていて、あんな電話でもしなきゃおさまりがつかなかった」という話だったり。

     だが、そういうことをやってくると、取材に関しては、どんな役所も弁護士会も根負けしてくる感じがあります。そもそも官庁取材では、さすがに広報担当者は慣れていて、出されたくなかった情報への問い合わせがきても「あーあれは記者さんが独自に書いたものですから」で終わりですから、よっぽどでない限り、犯人探しなんて話はもともとないのですが。もちろん、読者からは、機関紙に載っていない情報に、好意的な評価ももらいました。

     もっとも、こうした「長老」の力が、情報の開放にも働けば、当然、閉鎖にも働いていたんだろうとは思います。

     それはともかく、そうした長老が特別な存在感をもっていた時代が、どんどんなくなっていきました。長老支配は、歌舞伎や相撲の世界を見ても分かるように、徒弟関係を基本とする社会で根を広げやすいものです。弁護士会には、以前にも書いた通り、親弁とイソ弁の徒弟制度が基本のような時代がありました。それが、どんどん変わり、単なる上司と部下になっていったのと同時に、長老支配的ムードもかすんできたような感はあります(「様変わりした『イソ弁時代』」)。

     取材する側としては、それこそ弁護士会のガードはさらに固くなり、裏技も使いにくくなりました。かつて通用していた手が使えないことを言う取材相手の弁護士や会関係者からは、「いやー、いろいろうるさくなってねー」といった言葉が返ってきました。もちろん、「うるさくなった」ということは、ある意味、会内の人間からすれば、情報チェックが厳しくなったという解釈もできるわけですが、こと取材に関しては、「情報漏れ」は時に「ヌキネタ」でもあるこちらからすれば、「融通がきかなくなった」感もなきにしもあらずで、こちらはさらに頑張らなきゃならなくなったわけです。

     時代はさらに変わり、インターネットで情報が流通し、紙の情報媒体の存在価値も変わり、新たな限界も見えてきました。いろいろな経緯があり、私は退社・独立する道を選びましたが、私の退社後の新聞紙面は、逆に大きく先祖返りしてしまったようです。

     弁護士会もネット上で情報を流し、弁護士もブログで個人の意見を発信できる今、もはや外に向けても、かつてより格段に開かれつつある印象は持ちます。弁護士自身が「内部告発」をする手段を持った今、私の仕事もまた当然変わっていかなければならなくなりました。

     今も、弁護士会のなかでは、体質的な問題を指摘する人はいますが、少なくとも、私にとって、あの「長老支配」というムードは、いまや、消えるべくして消えていった、遠い過去の情景のように思えます。


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    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


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