「事後救済型社会」と法科大学院の選択

     「規制緩和」の名の下に、行政による事前規制から事後監視・救済型社会へ――。今回の司法改革が、こうしたわが国社会の方向を前提としていることは、「改革」の「バイブル」、司法制度改革審議会の最終意見書でも明らかです。

     法曹の数の大増員の方向も、欧米との比較において、わが国が少ないという根拠にとどまらず、根底には、この社会への青写真があるととれました。事後監視・救済型社会の司法を支える十分な数の法曹の必要性、そしてそれはとりもなおさず、その前提として、それまでの法曹界内の法曹養成制度論議を根底から覆す法科大学院を中心とした新制度の登場ももたらすことになりました。

     この点について、今から5年前、東京大学大学院法学政治学研究科の内田貴教授が、ある雑誌で興味深い指摘をしていました(「法科大学院は何をもたらすのか、または法知識の分布モデルについて」『UP』2006年4月号、東京大学出版会)。

     「日本の国民は、本当に事後救済型の社会を選択したのだろうか」

     つまり、事後の司法的救済によって権利侵害に保護を与える社会のイメージとは、米国をモデルとした社会像ですが、「それだけが唯一の可能な未来ではない」というのです。

     彼が、この点で注目したのは、「法知識の分布」ということでした。法科大学院制導入前、全国100近い法学部から、年間約4万5000人の卒業生が、官庁や企業に就職し、実は日本社会は法知識が拡散し、法曹ではない「法律家」が多数存在してきた法知識の「拡散型モデル」の国。一方、米国の書店には、日本にあるようなハウツー本などの「法律コーナー」はない。法律家は多くても、専門家以外に法知識は分布せず、素人とプロの壁がはっきりしている「集中型モデル」の国、というのである。

     拡散型の日本では、法知識を備えた優秀な人材を中央官庁が擁して、法律や政省令を整備し、事前規制型社会を構築し、規制を受ける社会側も、企業を中心に法知識を備えた法的リテラシーの高い人材がいて、制度の運用を支えてきた、ということになる。

     これは、「改革」の前提になる見方とも、かなり違ったもののように思います。法学部批判や法教育の必要性が強調された、わが国の状況は、前記「拡散型モデル」としての評価とどのような関係になるとみるべきでしょうか。米国に比べて、あたかも「法律的でない」という日本は、紛争解決に司法が利用されないだけで、実は法的リテラシーの高い国であった、ということになります。

     そこで、法科大学院の登場です。法知識の集中型社会へ向かう過程で、法科大学院が仮に定着すれば、現在、日本に拡散している法知識の質が低下し、法曹が知識を独占する社会に向かう。その影響は、じわじわと社会のさまざまな面に現れ、真っ先に直面するのが公務員のリテラシーの低下である――これが、内田教授が5年前に描き出した未来像でした。

     ところが、状況は法科大学院の挫折で、すんなりとそうした方向に進んでいないように見えます。これは、もちろん制度設計そのものの問題があるわけですが、実はその背景に内田教授の現状分析を重ね合わせることもできるように思えます。つまり、大学としての妙味やご事情はともかく、社会そのものがこうした形を受け入れたのか、という点だと思います。

     前記の見方からすれば、少なくとも法科大学院修了者の受け皿として、官庁がどれほど期待ができるのか、官庁側がこの制度にどの程度妙味を感じるかは、おのずと見えてきます。「改革」は、社会の隅々まで、あらゆることに法曹が顔を出してくる社会を作る前提として、「法曹が知識を独占する社会」を描いたともとれ、そのことに多くの法曹も賛同したようにとれますが、そのこと自体を社会が受け入れているかどうかの視点が、実は、ほとんど提示されてきていません。

     法知識集中型で事後救済型の米国で、実は紛争解決に要するコストの高さから、大多数がその形を是としていない現状もある、といいます。「バイブル」が描く未来社会をそのまま目指してきた「改革」ですが、それが国民の意思を本当はどこまで、反映してきたのか、そのことが、そろそろ本格的に問われてもいいように思います。


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    ありがとうございました

    apjさん、コメントありがとヴざいます。

    事後救済型社会ということを中心に考えれば、当然、そういうことも考えなければなりませんが、懲罰的賠償制度については、日本の場合、経済界は経済活動が委縮すると反対するだろうし、法律家のなかにも不法行為法の体系云々という人がいるように思うのですが、それらを考え合わせた現実性が、どうなのか。いや、そんなことないよ、という話もあるのでしょうか。すみません。勉強不足で、具体的なハードルがどの程度のものかが正直よくまだ分かっていません。ただ、ここでは、それ以前に、事後救済型を目指す、ということが、現実的にどういう社会になることなのか、そもそも大衆化が正しくイメージしているのか、その辺が気になりました。

    今後とも、よろしくお願いします。

    賠償制度との関連は?

    はじめまして。

    興味深くエントリーを読ませていただきました。
    米国では、事後救済型であると同時に、懲罰賠償制度があります。このことが、事後救済の「実質化」を後押ししています。日本にはこの制度が無いので、事後救済型に進んだとしても、現状の賠償金の決め方をしている限り、十分な救済が得られない事の方が多いのではないでしょうか。事後救済型の社会を目指すなら、懲罰賠償も導入しないと失敗するように思います。
    プロフィール

    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
    またまたお陰さまで第3弾!「司法改革の失敗と弁護士~弁護士観察日記Part3」
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