国民からの孤立への恐怖

     軍に対する民主主義的なコントロールや軍備縮小を唱えていた戦前の「朝日新聞」が、日本の軍事行動を追認する方向に舵を切った、「社論転換」のきっかけとなったのは、1931年9月18日に勃発した「満州事変」だったとされています。

     同新聞の司法記者で、編集委員を務めた藤森研さんは、著書「日本国憲法の旅」(花伝社)の中で、この「社論転換」の事情を分析されていますが、その一つの要因として、「国民からの孤立への恐怖」を挙げています。

     満州事変前から高まっていた中国の排日運動などへ軍事行動をとるべきとする強硬論。「反軍部の軟弱外交の主唱者、朝日」といった、朝日バッシングが右派団体などから出されていたが、「それだけであれば、『朝日』は耐えられたし、現に論調を変えることはなかった」と。

     しかし、満州事変で国民の愛国心は一挙に湧き立ち、世論は「関東軍がんばれ」「悪い中国兵をやっつけろ」の合唱、軍への慰問金が新聞社にも続々と寄せられるなか、「朝日」は変わる。

     「自らが熱狂をつくることに加担し、高まった世の排外熱に自らもしばられ、『朝日新聞』は孤立への恐怖の中で、多数派に身を寄せた」

     彼は、さらにこの中で、興味深いことを書いています。この「国民的孤立への恐怖」は、戦争協力時代からほとんど変わっていないメディアの要素の一つとして挙げている点です。それを受けた彼の結論は、戦前と変わったものは憲法体制、変わらないのはメディアの体質なのだから、護るべきは日本国憲法体制で、変えていくべきはメディアの体質である、というものでした。

     さて、この「国民からの孤立への恐怖」という要素は、まさしく弁護士会の体質にも当てはまると思います。新聞社同様、弁護士会にも戦争協力体制に転がるように傾斜していった歴史があります。そこにも、また、この要素がどのくらいの要因として、存在していたのかを考えてみることはできます。

     ただ、それもさることながら、メディアの体質に対する藤森さんの指摘同様、今日的な弁護士会の体質として、これは存在しているのではないか、と思えます。弁護士に対する「ギルド批判」が、国民からの孤立化を恐れる意識を増幅させ、弁護士会を弁護士の数を含めた「改革」に積極的に関与させることにつながったとの見方はできます。「国民の理解」を基盤とする弁護士自治という宣言を含め、「国民」がちりばめられる弁護士会の対外的意見表明のなかからも、その意識はうかがえます。

     こう書くと、民主主義社会で世論からの離反を恐れるのは、ある意味、当然ではないか、という方もいると思います。しかし、問題は弁護士・会は、常に多数派世論に迎合するわけにはいかない存在であるということです。いうまでもなく、人権という立場に立つとき、必ずしも多数派世論を味方につけられない少数者・社会的弱者の側に立たなければならない局面があるからです。

     弁護士の増員の向こうに残る弁護士がどういう弁護士なのか、裁判員制度は「裁く側」の視点に立っているのかなどを考えてみるだけでも、今回の「改革」に対するスタンスとしても、その点で危ない弁護士会のスタンスが見えてきます。

     さらに、「国民からの孤立への恐怖」という弱点は、当然、その弱点をつく策に弱いことを意味します。「国民多数の支持」という御旗をちらつかせられた時、そこに結果が見えているということです。偽装された「世論」ですら、それは効果を持つという見方すらする人間もあらわれます。

     裁判員制度について、体験者の「やってよかった」コメントも含めて、順調の既成事実化を図り、国民に拒否反応があるこの制度が、あたかも国民に支持されているように「偽装」しているようにもとれます。こうしたことをきちっと見抜き、本質的な問題を指摘するのも、また弁護士の仕事のはずです。

     メディアにとって、この「恐怖」が過去のものでない例として、藤森さんは前記著書で、拉致問題で世の中が北朝鮮バッシングに高揚しているなか、核問題とも絡めた冷静な外交が大切ということさえ、非難を覚悟せざるを得ない時期があったことや、北方領土や竹島、尖閣などの領土問題も、少数意見を理解しようとするだけで、居丈高な非難が起きる事態があることを挙げて、こう書いています。

     「『なんとなくの国民多数派』をバックにした一部の者の非難に、テレビもそうだが新聞も弱い」

     「なんとなくの国民多数派」という非難を意識した、いわば情勢論を、この「改革」で弁護士会も優先させてこなかっただろうか、と思ってしまいます。
    もちろん、藤森さんの著書での分析に引きつければ、そうした弁護士会は、依然、そうした多数派世論のなかで突き進む「戦争への道」には無力であるという要素をはらんでいることにもなります。
     
     それにしても、その「朝日新聞」が裁判員制度の違憲性を主張する法律家の声を顧みず、推進論を掲げ、順調報道を繰り返し、弁護士会の弁護士増員への慎重論には「反革命的」ならぬ「反改革」の言葉を突きつけて批判をするなど、この「改革」で「なんとなくの国民多数派」の非難をちらつかせた姿勢で臨んでいるのは、どういうわけでしょうか。

     これは、国民の非難を意識しているというよりも、やはり「自ら熱狂をつくることに加担」している姿のように思えるのですが。
     

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    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


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