「テミス」像の「目隠し」

     右手に剣、左手に天秤を掲げる女神の像は、公正な司法のシンボルとされ、司法機関の建物や法律事務所で見かけ、以前からこの世界の関係者が好んで使うものとして存在してきました。

     一般的には、ギリシャ神話の法・掟の女神「テミス」として伝えられていますが、ローマ神話の「正義」の女神「ユスティティア」ともされ、そもそもはどうも前記したようなスタイルは、後者のものという話もあるようです。

     さて、この女神像には、目隠しがされているものと、されていないものがあります。「目隠し」は、名声や先入観などにまどわされずに判断する「公正さ」を表すとされていますが、やや不思議な感じも残ります。

     そもそも法の力=執行を象徴する剣と、公正に正義を測る天秤を持った女神に、なぜ、目隠しがいるのか、目隠しをしなければ、それでもなお、女神にして、正義を貫ける自信がないのか、と思えなくもありません。もちろん、自信ではなく、目に見える形の公正さを「目隠し」で象徴していると、とることもできますが。

     実は、どうもこの「目隠し」は、当初、「盲目」を表す、むしろ悪い意味で、法に目をつぶり、悪習を重んじる司法への皮肉があったという話もあるらしいのです。それが、のちに「目隠し」=「公正」の意味で、使われることが主流になったというわけです。

     面白いエピソードを紹介しているブログ(「風の精ルーラの囲碁と法律雑記」)がありました。ニューヨークタイムズが日本の時効制度について語った記事でこういう表現があったそうです。

     In Japan, Justice Is Not Only Blind, It Holds a Stopwatch.

     これを朝日新聞の記者が、「日本の正義は不平等なだけでなくストップウォッチまで持っている」と訳して報道し、翌日、あわてて訂正したというのです。正しくは、「日本において、正義の女神ジャスティスは目隠しをしているだけでなくストップウオッチまで持っている」。当初、「朝日」の記者は「公正」のための「Blind」を盲目=不平等と逆の意味でとってしまったということなのです。

     皮肉にも大元の使い方になってしまった、というべきかもしれませんが、「目隠し」の意味の取り方には、いろいろなとらえ方ができてしまうことを示しているともいえなくはありません。

     現に、最高裁の大ホールにあるテミス像は目隠しをしていません。「目隠し」なしの方の意味を強調する方の意見は、大方、共通していて、「真実から目を背けない」ということがいわれます。「目隠し」をしたならば、逆にマイナスというとらえ方になります。

    「女神」が掲げる公正の「天秤」からすると、「目隠し」なしがしっくりくるようには思えます。ただ、一方で、「目隠し」する女神という強烈な印象とともに「公正」さへの厳しい姿勢を強調しているといわれれば、それもまた成り立つようには思えます。

     ちなみに第一東京弁護士会講堂にあるテミス像は、「目隠し」タイプです。会館建設に並々ならね熱意で臨んだ初代同会会長の原嘉道弁護士(のち司法大臣)が、昭和2年ドイツ・ベルリンに注文して取り寄せたもので、法学者・穂積陳重蔵のいくつもの「正義の神」像のなかから、厳選し、ベルリンでこれを販売した店まで探して手配したという、エピソードまである代物です(「われらの弁護士会史」)。当時の法曹は、やることが違います。多くの会員がこの前に立って、法曹と司法の「正義」について、志を新たにしたのだと思えば、原弁護士の労力も報われる気はします。

     ところで、市民が裁判に参加する裁判員時代、市民にとっても「テミス」像が意味する「正義」の形は、無関係なものではなくなりました。市民が裁判官とともに裁きの場に出る裁判員裁判では、一方で、誘導という問題がいわれ、「本当の意味での意見の反映は実現できない」現実、むしろこれまでの職業裁判官による裁判にお墨付きを与えるだけ、という声もあります。また、逆に、市民参加の大義を強調する人やマスコミからは、市民の目線とその反映に、依然、大きな期待が寄せられています。

     大マスコミの「順調」を強調する裁判員関連報道だけを見ていると、大衆には、現実のこの裁判がどうなっており、何が求められているのかは分かりません。さて、参加する市民にとっては、裁判員制度の現実は、「目隠し」があるテミスと、ないテミス、どちらの意味を、よりかみしめる必要があるものなのでしょうか。


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    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


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