変化した弁護士の精神性と評価

     正確な論理と迫力に満ちた弁論は、穂積陳重博士をして、「法術の極地」と言わせしめた刑事弁護士界の巨人、花井卓蔵。波瀾に満ちた彼の人生は、後年まで語り継がれることになる、多くのエピソードを残していますが、そのなかに、こんな話かあります。

     花井は中央大学の前身、英吉利法律学校の卒業生でしたが、1909年明治42年に法学博士となった彼を中央大学は大きな誇りとし、理事者、校友が一丸となって、彼を学長、総長に向かえようとしました。

     ところが、花井はこの誘いに、頑として首を縦に振りませんでした。彼は母校で講義もし、理事としては校務にも尽力した愛校精神の持ち主でしたが、穂積博士のような大御所から説かれても、節を曲げませんでした。

     いぶかしがる門人に彼は、こう言って笑ったと言います。

     「僕は品行が悪いから、教育の府に立つことはできない」

     この話には続きがあります。天皇の侍講に推薦されたときも、これを同じ理由で受けなかった花井でしたが、田中義一内閣の司法大臣就任を求められて拒絶した時は、理由が違っていました。

     「大臣なんてだれにもできるつまらないものだ。僕には弁護士という立派な職業がある。内閣が変われば、直ぐにやめさせられる大臣なんかになってどうする。弁護士という職は、そんなものとは比較にならぬ尊いものだ」(「花の弁論」)。

     この二つの固辞のエピソードは、花井卓蔵という法曹人の中にある、明確な二つの姿勢を物語っています。一つは自らの品行を顧みて、謙虚である姿。もう一つは弁護士という職業に堂々と胸を張り、その社会的役割と存在意義への強い自負を持った姿です。

     彼は、門人たちに向かって、「僕は品性(一説では『品格』)は高潔だが、品行が悪いのだ」と語ったともいいます。品行悪を卑下しながらも、弁護士としての道徳的価値にかかわる品性・品格においては譲ることがない、彼のこだわりとも、絶妙な使い分けともみることができます。

     実は、これは、往年の著名な在野法曹の生き方をみる時、少なからず共通して感じることでもあります。弁護士という仕事の品格を重んじ、かつ、強い使命感に胸を張り、それを自ら生き方と直結して語る姿です。
     
     当時の弁護士の中にもいろいろな人がいただろうと思いますし、こうして伝えられる著名な弁護士の姿で、すべてを語ることはもちろんできませんが、どうしてもそこに、今日の弁護士との精神性の違いを見てしまいたくなるのです。

     すべては時代、国民のニーズの変遷とともに、弁護士像も変わるのだ、と、誰かが言う声が聞こえてくるような気がします。弁護士の希少性ということもあり、当時と比べること自体に無理があるのかもしれません。もちろん、すべてが悪く変ったともいえません。市民社会という要素を考えなくてはいけません。

     しかし、花井の時代から今日までの、どこかで、弁護士の精神は変わった、変わってきた、そして、それが何よるものなのか、変わることによって何を得て、何を失ったのか――つい、そんなことを考えてしまうのです。

     私が見てきた、このたかだか30年ほどでも、やはり弁護士は変わったと思います。泰然と構え、道を説くような存在感のある弁護士が消え、実務・技術を強調する弁護士たちからは、「正義」とか「使命感」といった言葉を聞かなくなったような印象があります。風格の中に感じられた「余裕」が、「頼もしさ」として受け取られる時代ではなく、いまや社会からは、特権にあぐらをかいている姿としてとられかねません。

     権力との距離感は縮まり、「反権力」の旗をたなびかせている人も少なくなりました。「反権力は古い」という言葉も、弁護士の口から聞きました。その位置取りは変わりました。

     弁護士が乗り出す社会を、弁護士が「改革」のスローガンに込めているほどに、「正義」が乗り出してくると受け止めている人が、社会にどれほどいるのかも疑わしいように思えます。もはやビジネスと弁護士業を切り離して弁護士を見る人は少なくなり、それに伴ってカネにまつわる弁護士の悪評も、社会にはあふれかえり、警戒感すらあります。

     弁護士の社会的地位は、表向きは向上しながらも、精神性において、その評価はどんどん下がってきているようにすら思えます。少なくとも弁護士という人々が、品性・品格にこだわっているという受け止め方をどれだけされているかは疑問です。平均年収では決して分からない、弁護士の社会的地位です。

     しかし、さらにこれから、弁護士は変わろうとしています。さらに数は増え、当たり前のように、ビジネスローヤーを名乗る人々があふれ、サービス業として割り切った競争と淘汰にさらさる時代がやってこようとしています。ニーズとひとくくりにされるものについても、競争する側の当然の取捨が、他の商売と同様に行われるでしょう。

     その未来社会の弁護士は、どんな精神性を持って、この国に存在しているのでしょうか。あるいは、そこにあふれかえる弁護士たちが、弁護士のプライドが、権力や経済的成功のためにではなく存在していた時代が、かつてこの国に存在していた事実を、もはや「伝説」として語る未来もくるということなのでしょうか。


    ただいま、「今、必要とされる弁護士」についてもご意見募集中!
    投稿サイト「司法ウオッチ」では皆様の意見を募集しています。是非、ご参加下さい。
    http://www.shihouwatch.com/

    司法改革に疑問を持っている人々ための無料メールマガジン「どうなの司法改革通信」配信開始!無料読者登録よろしくお願いします。http://www.mag2.com/m/0001296634.html

    にほんブログ村 士業ブログ 弁護士へ
    にほんブログ村

    にほんブログ村 その他生活ブログへ
    にほんブログ村



    人気ブログランキングへ

    スポンサーサイト

    テーマ : 弁護士の仕事
    ジャンル : 就職・お仕事





    コメントの投稿

    非公開コメント

    プロフィール

    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
    またまたお陰さまで第3弾!「司法改革の失敗と弁護士~弁護士観察日記Part3」
    河野真樹
    お陰さまで第2弾!「破綻する法科大学院と弁護士~弁護士観察日記Part2」
    河野真樹
    「大増員時代の弁護士~弁護士観察日記Part1」

    お買い求めは全国書店もしくは共栄書房へ。

    最新記事
    最新コメント
    最新トラックバック
    月別アーカイブ
    カテゴリ
    検索フォーム
    RSSリンクの表示
    リンク
    ブロとも申請フォーム

    この人とブロともになる

    QRコード
    QR