遠くなる「赤ひげ」弁護士の理想

     「町医者のような」。かつて弁護士が、往年の同業者の生きざまを、こんな風に表現するのをよく耳にしてきました。

     著名な大事件をやるわけでもなく、文字通り、町の庶民の身近にいて、コツコツと小さな事件をこなしてきた姿をいう、この表現には、決して地味で、さえない弁護士のスタイルへのネガティブなニュアンスではなく、むしろ尊敬の念が込められているような響きすらありました。

     弁護士は「敷居が高い」とずっといわれてきた仕事ですが、不思議なことに、それでも市井の弁護士のスタイルを、どこか「あるべき姿」のようにとらえる意識の眼を持った人は、ずっといたようには思えるのです。

     かなり以前のことになりますが、あるテレビ番組に出演していた弁護士が、かつて弁護士の広告が禁止されていた理由について尋ねられた時、弁護士の仕事に対する意識に触れ、こう言いました。

     「従来の弁護士は、医者の『赤ひげ先生』のような存在になるのが望ましいと考えていたんです」

     「赤ひげ先生」とは、山本周五郎の「赤ひげ診療譚」に登場する人物で、黒澤明監督の映画になったり、テレビドラマ化されたりして、一般によく知られることになったキャラクターです。

     その時、その弁護士が言いたかったのは、商売として、自ら広告・宣伝するのではなく、庶民に頼られ、自然とそこに人が集まる、そんな徳と技を兼ね備えて人物であるべき、とする弁護士の理想像でした。前記「町医者」のイメージともつながります。

     印象に残っているのは、そういう彼も、これをどこか自嘲的に語っていたことでした。もちろん、昔からそんな理想とは、およそ無縁のような弁護士も沢山いたこともまた、事実でしたが、その時の彼がそんな表情になったのは、既に広告を解禁し、自ら積極的に売り込む現実を選択した現在の弁護士が、「赤ひげ」の理想像を、遠い過去ののどかな風景のように思わせてしまうくらい、かけ離れたものだったからだろうと思います。

     以前にも、紹介しましたが、今回の司法改革論議のなかで、法曹を医者にたとえる表現を目にすることになりました。2001年6月に出された司法制度改革審議会の最終意見書が表現し、この世界ではすっかりおなじみになっている「社会生活上の医師」というものです。

     馬鹿げているかもしれませんが、あえて「赤ひげ」の理想を念頭に、この「改革」の「バイブル」とされた報告書をもう一度見てみました。弁護士のニーズは多様化し、そもそもが「赤ひげ」や「町医者」のイメージでは、とてもくくりきれないことは当然です。それでも、この理想がどこかに形を変えて、21世紀の目指すべき司法の中に描き込まれていないのかと。

     「弁護士の社会的責任(公益性)は、基本的には、当事者主義訴訟構造の下での精力的な訴訟活動など諸種の職務活動により、『頼もしい権利の護り手』として、職業倫理を保持しつつ依頼者(国民)の正当な権利利益の実現に奉仕することを通じて実践されると考えられる。弁護士は、国民の社会生活や企業の経済活動におけるパートナー、公的部門の担い手などとして、一層身近で、親しみやすく、頼りがいのある存在となるべく、その資質・能力の向上、国民との豊かなコミュニケーションの確保に努めなければならない」

     「弁護士は、社会の広範かつ多様なニーズに一層積極的かつ的確に対応するよう、自ら意識改革に取り組むとともに、その公益的な使命にふさわしい職業倫理を自覚し、自らの行動を規律すべきである。同時に、弁護士は、『信頼しうる正義の担い手』として、通常の職務活動を超え、『公共性の空間』において正義の実現に責任を負うという社会的責任(公益性)をも自覚すべきである。その具体的内容や実践の態様には様々なものがありうるが、例えば、いわゆる『プロ・ボノ』活動(無償奉仕活動の意であり、例えば、社会的弱者の権利擁護活動などが含まれる)、国民の法的サービスへのアクセスの保障、公務への就任、後継者養成への関与等により社会に貢献することが期待されている」

     「一層身近で、親しみやすく、頼りがいのある存在」という表現がありますが、気になるのは、「社会的弱者の権利活動」はあえて、通常の職務活動を超えた社会貢献としての無償の「プロ・ボノ活動」に括られているところです。

     ある人は、これを、既に社会的責任を顧みず、ビジネスに走る多くの弁護士に対する、クギとして、彼らへの自覚を促すために規定されているととるかもしれません。むしろ、弁護士の実態に対する警鐘だと。ただ、仮にそうだとしても、この一文が、本当に社会的な弱者のために立ち上がる弁護士を、その真意としてこの国に残す意図があるのかが判然としません。それは、まさにこの「バイブル」に基づいて進行する、弁護士の増員、そして、その結果としての「競争」が、そうした既に少数の弁護士が生存できる環境を奪う方向を向いているからでもあります。

     過疎地で奮闘する、「赤ひげ」を既に知らないかもしれない若手弁護士の中に、実は「赤ひげ」の理想のようなものを秘めて活動する有志が、あるいはいるのかもしれない、という思いもよぎります。「改革」そのものよりも、有志の精神が支えているととれる彼らの姿を見るにつけても、この「改革」が最終的にどういう弁護士をこの国に残し、また残さないシナリオなのか、やはり、そのことから、考えてみる必要があるようにも思います。

     
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    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


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