「義憤系」弁護士のすすめ

     道理に反していることに対して、怒りをもって立ち向かうタイプの弁護士がいます。

     「義憤系」。こんな言葉はありませんが、そう名付けたくなるような弁護士です。自称するには、「義憤」というのは、気恥かしいような、やや手前みそのようになりますし、そうしたニュアンスで自分のことを語る弁護士は、それを別にしても自嘲的なものいいになります。感情的なものに左右されているととれなくもないところが、冷静な状況分析と法的分析が求められる法律家のあり方としては、どうだろう、という気持ちもあるからだろうと思います。

     しかし、ある意味、「義憤系」、それがポーズとしてではなく、本当に一人間として発するそれに基づくということであれば、実は、弁護士を求める市民はものすごく、そこに魅かれるのです。

     紛争の当事者となった市民と話していると、このタイプが最も安心感を与えるのではないか、と思う時が、度々ありました。

     それは考えてみれば当然かもしれません。市民は、弁護士探しのなかで、数少ない弁護士に関する情報をもとに、自分にとってのプラスの効用を推し量るわけですが、もし、その算定に狂いがあっても、究極は「正義感」の保証があれば、という気持ちもあるのです。

     とりわけ、依頼者の多くは、自らの置かれた状況に納得していません。自分の正義を理解し、主張してもらいたいと思っています。「正義感」としてそれを理解し、「義憤」にかられて闘ってくれたらば、徹底的に我がことのように闘う強い味方になってくれるのではないか、と。
     
     別の見方をすれば、これは弁護士への不信感と表裏の関係にあるといってもいいかもしません。弁護士との関係をカネでつながった、いわば「用心棒」的な存在とみればみるほど、どこまでこの弁護士はやってくれるのか、こちらの払うカネなりのサービスとなれば、果たして十全の主張や対応をしてくれるのか、という気持ちを大なり小なり持っています。弁護士が口にし始めている「ビジネス」とか「サービス」という言葉のとらえられ方には、そうした警戒感を生む面もあるのです。

     「義憤」は、そのことの不安を少し解消するものといえます。もちろん、口先で「義憤」にかられたようなことを言い、依頼者の気持ちを引きつけながら、実際はそうでもないといった弁護士もいなくはないので、注意は必要です。ただ、表面的には、この言葉からイメージされるような、正義に燃える熱血漢のようなタイプではなく、表向きおっとりと冷静な人でも、実はめらめらと「義憤」の炎を内に秘めて闘うタイプの弁護士を沢山知っています。個人的には、弁護士として信頼できる方にポイントを加算したくなるタイプではあります。

     「弁護士に求められる資格・学殖」について、元最高裁判事の色川幸太郎弁護士が平成元年に行ったスピーチの引用が、あるホームページに掲載されていました(弁護士 小松亀一法律事務所)。

     それによると、色川弁護士は、一人前の弁護士の資格・条件として、第一が法律学と隣接諸科学を含む「豊かな学殖」、第二が品格や説得力・人の話をじっくり聞くじっくり聞く辛抱強さを伴った「相手方を圧倒するだけの法廷技術」。そして、第三が「徳目」だと。

     その「徳目」とは、「他人の不幸に対する感応力」であり、「不正に対して憤る力」だとしています。「義憤」はやはり、一人前の弁護士として備えておくべき条件としての「徳」だということです。色川弁護士は、「不正を許すことができないという、その感情を持ち続けなければ、弁護士たる値打ちはない」とまでおっしゃっています。

    ただ、最後に「匹夫の勇」ではあってはならないとも付け加えていらっしゃいました。分別のない弁護士の「憤り」が市民のためにならないことも、また、そういう弁護士がいることも見抜いていらっしゃるようでもあります。

     さて、弁護士大量増員時代。「ビジネス」「サービス」に生き残りをかけて覚悟を決める弁護士たちが増える未来では、おカネにならなくても立ち上がる、本当の「義憤系」弁護士は、果たして生き残っているのでしょうか。

    ただいま、「今、必要とされる弁護士」についてもご意見募集中!
    投稿サイト「司法ウオッチ」では皆様の意見を募集しています。是非、ご参加下さい。
    http://www.shihouwatch.com/

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    ありがとうございました

    某弁さん、コメントありがとうございます。

    ご指摘、なるほどと思いながら読まさせて頂きました。背景を読み取り、深いところで依頼者とつながることが、強い信頼関係を築くことになるということですね。弁護士からすれば、ある意味、大変な作業ですが、市民からすれば、勝ち負けは重要とはいえ、まず、そこが一番頼りたいところだと思います。信頼関係が空中分解してしまったならば、勝ち負け以前ですし、「理解されている」ということは、ものすごく大きな要素ですから。

    貴重なご意見ありがとうございます。今後ともどうぞよろしくお願いします。

    No title

    いつも、興味深く拝見させて頂いております。

    私は首都圏近郊の中堅単位会の街弁をしております。

    さて、義憤とは興味深い視点でしたし、私自身は温厚な性格なので「憤」の感情をもつのが非常に難しいのですが、義憤とは法的な処理、あるいは落としどころとは別に依頼者の育った文化、考え方、そして、これを背景とする紛争の原因に理解を示すことではないでしょうか。

    私は、よく紛争を歴史に例えますが、合戦でも単に勝ち負けの重要さとは別に、クライアントすなわち、自分の仕える大名の文化背景を知って、これとの調和を図ることも極めて重要なのではと思います。
    例えば、関が原の合戦で西軍の軍師を努める場合、負けそうだ、裏切りが出そうだだから家康と和解しようではだめなわけで、豊臣家を簒奪されることに対することに怒りを覚えつつ、しかしながら、それを前提とする最善手は何かを冷静に考えないと考えないといけないわけです。

    話は戻りますが、結局のところ、重要なのは、依頼者を背景文化を含めて好きになることこれが一番の特効薬なのではないかと思います。
    プロフィール

    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
    またまたお陰さまで第3弾!「司法改革の失敗と弁護士~弁護士観察日記Part3」
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