ビンラディン殺害という後退

     米軍によるオサマ・ビンラディン容疑者の殺害について出された潘基文・国連事務総長の声明に批判が出ていることを、5月8日付け朝日新聞朝刊が報じています。

     「正義が達成され、とても安心している」

     声明のこの下りに、国連職員たちが驚いた、という話です。

     「国際人権法に照らして違法かどうか不明の段階で喜ぶのは、国際法を尊重すべき国連のリーダーとしては不適切」
     「正義が達成されるためには、人道に対する罪の容疑者として、国際刑事裁判所で裁かれるべきだった」

     当然と言えば、当然の話です。記事は、事務総長発言をややフォローする立場から、対テロ戦争で「殺傷力の行使が最終手段として許される場合がある」として今回の作戦で拘束を認めていたかかがカギとするような国連人権理事会の特別報告者のコメントも紹介しています。しかし、どう考えても、国連という立場を考えれば、声明のこだわりどころの違いを感じてしまいます。

     それは、いうまでもなく「適正手続きの保障」の問題だからです。声明は、「適正手続き」なき決着に「正義の達成」という言葉を与えているととれてしまうのです。前記国連職員たちの驚きの声が、当然の反応というべきです。百歩譲って、適正手続きを超えた超法規即決処刑を国連事務総長が正義というのであれば、相当な前置きが必要ではないか、ということです。

     そして、このエピソードは、社会のなかの弁護士という存在を想起させます。弁護士こそ、この「適正手続きの保障」にこだわる仕事であると同時に、それが否定・軽視された時、弁護士の存在も同時に希薄になり、また消えていくということです。

     徹底的に司法手続きにゆだねるという前提こそが、正義への道である、という考え方に立たない限り、弁護士という存在はあり得ません。ある意味、そこを軽く考え、容易に超えてしまう発想に傾くことが、社会でこの発想を成り立たせなくさせること、より本当の正義が脅かされるということだと思います。

     冤罪を例に出すまでもない、誰が正義を規定するのか、そこにこだわるかこだわらないかで世界は変わります。

     興味深いブログを見つけました。川口創弁護士がブログで、今回のビンラディン殺害と自らの体験を「適正手続き」の観点から書いています。彼は、数年前、ヨルダンに行ったときに、フセイン弁護団から弁護団に入るよう長時間説得されたといいます。

     世界各地から弁護士が集まり、大勢に説得されたそうです。彼は最終的に加入を断りましたが、本気で気持ちがぐらついたのが、弁護団の次の言葉だったそうです。

     「たとえ極悪人であろうと適正手続きが保障される法廷で裁かれることが近代司法の根幹だろう。『悪い奴は殺せ』では近代司法の歴史は2世紀後退する。近代司法の後退に君は手を貸すのか。法律家としてそれで良いのか」

     川口弁護士は、「法曹の端くれ」として、「手続き的正義を放棄して良いのか」という訴えが、本当に胸に響き、本気で悩んだそうです。

     結局、フセインはろくに審理もされず、適正手続きがない中で、絞首刑となりました。そしてビンラディン。

     川口弁護士はこう締めくくっています。

     「今日近代司法は2世紀、いや、もっと後退した。ビンラディンが存在しようがしまいが、本当に殺されたかどうかは別にして、殺された、という事実が既成事実となり、これで『「正義が達成された』と宣伝されたことで、近代司法の柱である『手続き的正義』は葬り去られたのである」

     国連事務総長にして、「正義が達成された」という言葉が出される現実を私たちはどう受け止めるべきでしょうか。わが国首相も、この「適正手続き」なき処刑作戦の「成功」に、「関係者の努力に敬意を表する」という談話を出しています。

     法律家だけでなく、国民・大衆もまた、この「後退」をもっと自覚・認識しなければなりません。

    投稿サイト「司法ウオッチ」では皆様の意見を募集しています。是非、ご参加下さい。
    http://www.shihouwatch.com/

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    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
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