「改革」責任者に甘い「自己責任論」

     昨年10月31日にアップされた、あるブログに、「博士号をとる人とロースクールを目指す人」の共通点を指摘しているものがありました(「Chikirinの日記」)

     会社を辞めてまでロースクールに入ったが、試験に通らない、たとえ通っても仕事がない、他に就職先もないという人と、博士号を教授に勧められて取得したが就職できない人が、ともに「制度が悪い」と言っているとして両者を結びつけています。もちろん、これは否定的な意味でです。彼は、こう言います。

     「博士号をとろうという人や法律家にとって、『事実や情報を集めて分析し、自分の頭で考えて独自の仮説をたて、それを検証する』のが、基本プロセスのはず。そういうプロフェッショナルを目指す人たちが、『自分が就職できないのは制度が悪い』と、まるでロスジェネ派遣期間工の人たちと同じことを言うってのは、どうなんだろうね」

     「ロースクールや博士課程の学費、奨学金の状況、就職状況なんてちょっと調べれば最初からわかるはず。事前に現役の博士号課程にいる先輩や弁護士の先輩に意見を聞けば、新たな制度がどう見られているかだってわかったはずだよね。それでもチャレンジしたのは自分なりに考えた上で『やれる』という仮説があったからなんでしょ」

     要するに、自己責任論、「甘えるな」という話です。以前書きました、法科大学院修了者「7,8割合格」の化けの皮がはがれても、すかさず「分かってたろ」と言った、政府の司法制度改革推進本部顧問会議メンバ―のコメントを思い出します(「自己責任と精神論が飛び交う『改革』」)

     しかも、やはりというべきか、法科大学院を出て合格できない人と、弁護士になって仕事がない人の「不満」を同列に並べて、切り捨てています。

     もちろん、こうしたくくり方には、異論も多いと思います。ただ、「ロスジェネ派遣期間工」云々の表現はともかく、こうしたくくり方というのは、受け入れられやすい、そうだそうだという賛同が得られやすい面を持っていることは事実だと思います。

     ここにきて強まっている弁護士、あるいは法曹志望者への厳しい論調には、特徴があります。それは、まず彼らが特別扱いされている、というところから逆算していることです。彼らの「不満」を特権的地位からくるものとして、必ず一般の仕事と並列に並べ、「通用しない」もしくは「通用すると思っていたのはお前たちの勘違いだ」という切り口です。

     前記指摘にあてはめれば、情報収集は就職活動では当たり前のことであり、とりわけそういう能力が要求されるはずの人たちが、そういうことをせず、制度批判をするのは何事か、という話です。

     こうした指摘を受けた人の中には、「信じた自分がばかだった」「甘かった」と、この批判を真正面から受け止めてしまう人もいるかもしれません。

     ただ、仮に当事者がそう反省したとしても、それで済むとはとても思えません。「制度が悪い」ことの責任は、誰にも問わなくていいのか、「改革」を口にしていた人間に全く責任がないのか、と思うからです。

     以前にも書きましたが、仮にも政府の審議会が、合格できるようにする人数を修了者の「相当程度」とまで表現し、その例示として7、8割という具体的な数値を示しているのに、この実現を信じる方が馬鹿だで済むのでしょうか。

     「弁護士の先輩に聞けば」といっても、かなりの数のその先輩たちは、「まだまだ大丈夫」と言っています。弁護士の窮状を知らせ、相当の覚悟がなかったら、弁護士としてやっていかれないかもしれない、就職もないかもしれない、それでもいいなら、というメッセージを送っている人がどれだけいるのでしょうか。

     日弁連の機関紙・誌上でも、判を押したように、「地方にいらっしゃい」という感想を述べる地方会員の姿もあります。就職口を探す新人が、そうした地方会を本当に狙い目とみて、殺到しても、本当に大丈夫なのか、疑わしいものもあります。

     増員を推進してきた責任は、弁護士会にもあります。

     あえて言えば、職業を選択するのは個人の自由、別に法曹に何が何でもなれ、といったわけではないといえば、逆にその結果の「自己責任」だって、ある意味、どんな形でもあてはめられなくはないでしょう。

     ただ、受け皿側の言い分や姿勢をみると、ここで「自己責任」を持ち出すのは、随分と「改革」推進の責任者側に甘い見方であると思えてなりません。

    投稿サイト「司法ウオッチ」では皆様の意見を募集しています。是非、ご参加下さい。
    http://www.shihouwatch.com/

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    ありがとうございました

    弁護士HARRIERさん、いつもありがとうございます。

    ご指摘の通り「詭弁」。責任転嫁でしかないと思います。
    「自己責任論が正当化されるのは、適正な情報提供と手続保障があってのこと」というご指摘に尽きると思います。大マスコミにも責任があります。この問題に限らず、フェアでない自己責任論のかぶせ方があるように思われます。あたかも国民の利になるようにいわれる、弁護士の「競争」と「淘汰」で実害が生じても、それが悪いのではなく、結局、国民の「自己責任」という論法をかぶせてくる予感がします。

    今後ともよろしくお願いします。

    No title

    私もLS出身です。しかも既修1期なので、合格率7割が当たり前のように、世に喧伝されていた世代です。

    が、既修1期の大半というよりほとんどは、私も含め旧試験経験者だったので、LSの授業内容を1ヶ月体験した段階で「こんな授業で7割も受かるはずないだろう、受かるのだとしたら恐ろしい」というのが、学生側の反応でした。
    ですから、7割合格という言葉を間に受けたのは、主に未修者でかつ旧試験未経験者、それも1期・2期までではないかと思われます。
    そして、この、未修者かつ1期2期かつ旧試験未経験者については、十分な情報がなく、かつ十分な批判能力がないままLSに入ってきているので、「7割合格を間に受けたほうが悪い」という意味での自己責任論は当てはまりません。詭弁というべきです。
    自己責任論が正当化されるのは、適正な情報提供と手続保障が
    あってのことのはずで、LS制度初期にはそれがなかったのですから(今でも手続保障はありませんが)、自己責任論を振りかざすのは誤りです。
    まして、法学者がそのような詭弁を発するのは、曲学阿世以外の何者でもなく、真理の探求・論理の追求をもっとも生業とするべき学者の本分を忘れた、恥ずべき愚行と言わざるを得ません。

    私がLS制度を通じて一番残念だったのは、このような詭弁を平気で発する法学者が、日本の法律学の最高峰に位置づけられていたことです。法曹として情けなくなります。
    プロフィール

    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
    またまたお陰さまで第3弾!「司法改革の失敗と弁護士~弁護士観察日記Part3」
    河野真樹
    お陰さまで第2弾!「破綻する法科大学院と弁護士~弁護士観察日記Part2」
    河野真樹
    「大増員時代の弁護士~弁護士観察日記Part1」

    お買い求めは全国書店もしくは共栄書房へ。

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