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    「改革」の失敗と弁護士自治の現在地

     弁護士自治の「価値」についての認識格差は、残念ながら、弁護士会と社会の間で、どんどん広がりつつあるようにみえます。国家権力と対峙することになる、その職業的使命・性格にあって、国家権力の監督に服さないことで、その使命が達成できるという、司法大臣の監督下にあった戦前の形への反省によって導かれた弁護士自治の「価値」――。

     要するに、弁護士会内にあっては、もはや言い古されてきたような、この「価値」を説明する論法によって、ある意味、世界的にみても強力な特別の地位を弁護士会に与えていることへの社会的な理解が、より進んできたとはいえないと現実があるということです。弁護士が増えて、相対的に不祥事も増えるような事態に対し、社会は他の専門職のように、官庁の監督下に入ること以上に、前記の対権力発想の「価値」があることを、より疑う方向に進んでいるということになります。

     前記弁護士自治の本来的に持つ「価値」自体が、現代日本において変わってきたとか、権力との関係性において新しい事情が生まれてきたというわけではないと思います。しかし、一方で、この弁護士・会が歴史的経験として辿りついた、この「価値」への認識を理由とする自治が、弁護士の不祥事やそれに対する会の対応を含めた、いわゆる自浄作用に対する社会的評価によって、現実的に脅かされる。このことの恐れを、弁護士・会は、ずっと以前から認識していました。

     そもそもこの対権力的な意味での、自治の「価値」は、当事者として自覚の困難さから、圧倒的多数の理解が容易ではないという弱点があります。そうした認識もあって、2001年に日弁連は「市民の理解と支持」を基礎とすることを確認する総会決議を激しい賛否の議論の末、採択します。この決議は、反対派が主張したような問題、矛盾をはらんでいたというべきです。つまり、より反権力的立場に立たされる社会的少数者や弱者の側に立つときに真価を発揮し、よりそちらの側に理解される前記「価値」を根本とする弁護士自治について、多数派「市民の理解と支持」を基礎とするという、ある種の矛盾、あるいは無理が、この決議にははっきり表れていたからです(「『多数派市民』と自治をめぐる弁護士会のスタンス」)。

     しかし、本質的根拠からみても、弁護士が国家権力と対峙して守ろうとするのは、国民の人権であるということから、弁護士界側は、自治は国民から負託された弁護士の責任というとらえ方をしています。一方、国家は、国民に対して適正な裁判について責任を負うべき立場にあると考えれば、弁護士自治に対する最大関心事である資質の保証が、自治によって担保されないときには、この例外的な特別待遇を見直すという話にもなり得ます。

     だから、前記本質的根拠が存在していたとしても、社会的な了解度がかすみ、国民のために付託された責任ではなく、社会的にそれが、単なる弁護士の特権とされた場合、資質の保証での絶対的な意義が見出せない、という事態は、国家がこの制度に手をつける十分な口実になることも想定できます(「『弁護士自治』の根拠」)。

     もっとも、当時、日弁連がこの総会決議を採択しなければならなかった、はっきりした背景には、やはり司法改革がありました。実は日弁連側は、改革論議のなかで、前記監督権と自浄作用の問題に絡めた弁護士自治見直し論が、とりわけ与党・自民党側から出されるのに対し、強く抵抗していた経緯がありました。弁護士会の綱紀・懲戒の甘さに対する指摘から、第三者機関の介入を含めた方向を、自治への介入として危機感を持っていた日弁連主導層は抵抗した。その裏返しとして、日弁連自らが、決して独善に陥らない、「市民の理解と支持」に配慮する自治を宣明する形になったということです。

     つまり、結論からいえば、この段階でもともと社会的理解に困難が伴い、ともすれば背を向けられる恐れがある対権力的「価値」の上の自治を、これまで同様守り続けようとするのならば、主に弁護士の不祥事と会の自浄作用への社会的納得によって、持ちこたえるしかない、という方向が、よりはっきりと選択されたともいえます。  

     しかし、この「改革」は、日弁連・弁護士会が考えていた前記「価値」を掲げつつ、なんとか多数派市民の理解を得るという自治堅持の方向にとって、完全に裏目に出たといわなければなりません。一つは既に前記したように、弁護士増員とそれによる経済的異変に伴い、弁護士の不祥事が増え(弁護士数が増えれば相対的に問題事案も増えてしまう現実)、自浄作用の問題が案の定クローズアップされたこと(「懲戒請求件数・処分数の隔たりと『含有率』という問題」)。

     そして、もう一つは、おそらく最も想定していなかったことかもしれませんが、前記増員政策の失敗による経済的異変によって、高い会費による負担などから強制加入制度への不満から、会員の意識が離反し始めたことです。弁護士自治堅持の前記「価値」よりも、経済的負担を強制し、個々の業務の足を引っ張る規制としての存在、さらにはそこまでする会務への了解度のなさに、会員がより現実味を感じてきている。まさに「改革」の結果が導いたものといわなければなりません(「『弁護士自治』会員不満への向き合い方」 「偏っていた弁護士自治への脅威論」)。

     しかし、これまでも書いてきたように、「改革」の失敗を直視しようとしない弁護士会主導層は、この弁護士自治の置かれている現実もまた直視していない、あるいは見て見ぬふりをしているようにとれます。第二東京弁護士会の懲戒処分を違法として会に賠償を求めた1月26日の東京地裁判決について、弁護士自治への介入という立場から問題視する論調が弁護士の中から出てこない現実に、懲戒制度運用に対する弁護士会員自身の不信感がうかがわれるという声がネットに出ていました。会主導層が思っている以上に、自治への認識格差は、弁護士会員との間にも進んでいるのかもしれません。


    弁護士自治と弁護士会の強制加入制度の必要性について、ご意見をお聞かせ下さい。司法ウオッチ「司法ご意見板」http://shihouwatch.com/archives/4794

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    No title

    2011年、総務省の調査・研究。
    https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/kenkyu/houkadaigakuin/index.html
    一般からの募集した意見の、分析結果。
    https://www.soumu.go.jp/main_content/000102517.pdf
    法科大学院とやらが発足して何年も経った2011年の話ですが、これほど強烈に全廃かせめて改善を要求する声が圧倒的なのに、絶対にそんなことさせないぞ、何が何でも法科大学院を固守するぞ、という態度にだけ当事者どもが固執した10年間でした。10年後がこんな状態だと知ることができたなら、ここに意見を寄せた人たちはどんな態度を見せたでしょう?

    自治権とやらが、国民の自由と権利ではなく悪徳弁護士の我儘勝手を守るためにしか使われていない、となったら、そりゃ国民の支持なんかあるほうがおかしい。そもそも、弁護士資格を誰に認めるか自分たちが権力を握って恣意的に決める、という発想も、弁護士自治とやらの延長なんでしょうかね。だったら、そんなもん断固否定してやらないと、国民としては安心して暮らせませんね。

    No title

    >の「社会」ってどこの社会でしょうか。

    弁護士会特に第二東京弁護士会じゃありませんか? 学閥の後輩を新卒で即、確実に採用できないのが憎くて憎くて仕方がない、「試験をやって合格者を採用する」のがどうしても嫌だ、「採用したい奴を合格させる」んだ、その為に合否を恣意的に決められる権力を寄こせ! って態度を隠そうともしてなかった。あそこがエラッそうに主導して設立運営してた大宮の法科大学院が、どれだけデタラメな入試をしていたか、しかもそれをひけらかして威張っていたか、ちょっとでも司法試験に関心のあった者で知らない者はいないと思いますけど?

    そういやあいつら、弁護士自治にも否定的じゃなかったかな。独占資本家に媚び諂って、裁判所にも寄り付かず、ひたすらただの事務だけで法外なタイムチャージを騙し盗る企業法務とやらの独占だけをギャアギャア喚いて、刑事弁護や公害訴訟なんて一切やらない、やる気もない連中なんでしょ? そりゃ弁護士自治なんか返上したいでしょう。面倒なだけだから。

    No title

    確かに、司法制度改革前の議論を知らない世代が増えています。「こんな日弁連に誰がした?」を書かれた小林正啓弁護士の世代も含めて。

    しかし、
    >旧司法試験の選抜方法には社会から疑問符が付けられていた。

    の「社会」ってどこの社会でしょうか。甲案、乙案、丙案を提示した法務省のことですか。

    それとも、予備校を批判していた大学教授の方々ですか。

    No title

    https://twitter.com/xmg_on/status/1363272829769113603
    >司法改革前の議論を知らない世代が増えてるんだよな。
    (中略)
    >旧司法試験の選抜方法には社会から疑問符が付けられていた。
    プロフィール

    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
    またまたお陰さまで第3弾!「司法改革の失敗と弁護士~弁護士観察日記Part3」
    河野真樹
    お陰さまで第2弾!「破綻する法科大学院と弁護士~弁護士観察日記Part2」
    河野真樹
    「大増員時代の弁護士~弁護士観察日記Part1」

    お買い求めは全国書店もしくは共栄書房へ。

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