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    「やりがい」強調が映し出す現実

     「やりがい」という言葉は、一つ間違えれば、他者にとって非常に押し付けがましいものとなります。改めて言うまでもなく、それは、あくまで個人の価値観によるものだからです。そして、「やりがい搾取」という言葉が浮き彫りにしたように、それは今、「労働」を不当に支配しようとする意図のなかで使われることが問題になっています。

     個人の価値観の表明としては、「無色」であるはずのこの言葉を、現在、使おうとする者は、このことに十分留意しなければなりません。つまり、「やりがい搾取」がいう、経済的対価以外の「価値」(そもそも言葉の使い方からすれば、経済的対価を「やりがい」とする価値観があっても少しもおかしくないのですが)の、押し付け――。

     そして、これは見方によっては、言い訳がましい、不都合な真実の隠ぺいとしての性格も持ちます。「やりがい」は、しばしば経済的対価の「穴埋め」として、この言葉を使う側に都合よく、相手の目をその「価値」に向かせるようとしています。要は「やりがい」を感じるか感じないかだけでなく、それが「穴埋め」になるかならないか自体が、個人の価値観の問題なのですから。

     ブラック企業の経営者のような利益搾取の意図があればもちろんのこと、仮にその意図なかったとしても、使う側は、そうとられかねない、それと同様の無神経な使い方に陥っていないかに、当然留意しなければアウトなのです。弁明は、あくまで自分の価値観としての業務の「紹介」であるとか、それに「納得」する者もいる、というニュアンスになりがちですが、それも状況次第では言い訳がましいものとなります。

     弁護士という仕事に関して、この「やりがい」という言葉が登場した菊地裕太郎・前日弁連会長の、ネットメディアのインタビュー記事が、最近、ネット上で物議を醸しています(「Schulze BLOG」)。問題となっているのは、菊地・前会長が、この中で次のような持論を展開しているところです。

     「私のミッションとして考えているのは、次代を担う若手弁護士の支援。ずいぶん前の話ですが、ある若い先生から『生涯バランスシート』なるものを見せられましてね。何かというと、大企業のサラリーマンと弁護士の平均的な生涯年収を比較したもの。弁護士のほうが低く、投下資本や労働量からすると『ワリに合わない』と言うわけです。しかし、そのバランスシートには『のれん代』じゃないけど『やりがい』という項目がなかった」
     「自治の下で、まさに人権擁護、社会正義の実現を目指して好きな分野で活動できるという、目に見えない付加価値があるんじゃないかと。数字を凌駕する魅力ある仕事だということをどう伝えていくか、法曹志望者が減る状況において極めて重要な課題です」

     この一文をどうとらえるかにも、さまざまな意見があるかもしれませんし、あるいは、ここに前会長の善意や熱意を読み取る声もあるかもしれません。しかし、「やりがい」を語るのに、「のれん代」を引き合いに出し、「バランスシート」の「項目」の中で描くことを、収入の「ワリに合わない」論への反論として挙げているととれるところは、やはり前記押しつけがましく、言い訳がましい「穴埋め」論とみられて当然です。

     彼の主張の結論は、これまでも弁護士会主導層や「改革」擁護論者から聞こえてきた、弁護士の仕事の「魅力」発信必要論です。しかし、忘れてはいけないのは、この論自体、声高に言われ出したのが、増員政策の失敗で、弁護士の経済的価値が決定的に下落してしまったあとであるということです。要するに、経済的価値はかつてのようになくなってしまったかもしないが、それ以外の魅力(未知の可能性を含む)に注目してほしい、という発想であり、そもそもこれ自体「穴埋め」論と言われても仕方がないものなのです(「弁護士の『魅力』発信を求める真意」)。

     そして、弁護士の現状に関する、この「穴埋め」論の、さらなる深刻なところは、問題の根源である、「改革」の失敗が生み出した、弁護士の経済的基盤の問題をなんとかする、という解が導き出されないということです。「魅力」や「やりがい」を強調するほど、皮肉にも弁護士の経済的基盤作りや回復への道が見えないことを社会に伝えているともいえます。しかも、それが彼が次なる「ミッション」として考えている、「次代を担う若手弁護士の支援」という文脈で語られているのですから(「軽視され続ける問題の根源としての『経済的条件』」)。

     このインタビューの中では、この引用部分以外にも、彼がセルフヒストリーにつなげて、弁護士の「やりがい」に言及している箇所があります。「法教育」への先駆的取り組みに関して語られた「社会的にも影響力のある活動をする」こと、東京弁護士会会長、日弁連会長として、現場の声を聞き、マネジメントし、人と意見をまとめ上げ、「性に合っている」という「それをパワーに変えていく作業」――。

     しかし、それが個人として嘘偽りのない「やりがい」であったとしても、引用した彼の一文からは、前記この言葉の使用に求められる感性だけではなく、やはり、「改革」がもたらした会員と弁護士業の現状に対する、弁護士会主導層の決定的な認識不足、あるいは意識の乖離のようなものを感じてしまうのです。


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    テーマ : 弁護士の仕事
    ジャンル : 就職・お仕事

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    No title

    令和元年・弁護士の所得金額(国税庁統計)
    https://www.kmrysyk.com/entry/2020/11/05/172451

    No title

    No title

    >忘れてはいけないのは、この論自体、声高に言われ出したのが、増員政策の失敗で、弁護士の経済的価値が決定的に下落してしまったあとであるということです。

    これは誤解を招くのではないかな。
    やりがいについては昔から言われていた。
    が、偶然にもそれが司法改革のタイミング、ネット文化の普及で「弁護士にはやりがいがある」から「(金銭的に割に合わないかもしれないが)弁護士にはやりがいがある」という表現になってしまっただけ。
    声高というわけではないよ。SNSの普及でより目に見えるようになっただけだね。
    プロフィール

    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
    またまたお陰さまで第3弾!「司法改革の失敗と弁護士~弁護士観察日記Part3」
    河野真樹
    お陰さまで第2弾!「破綻する法科大学院と弁護士~弁護士観察日記Part2」
    河野真樹
    「大増員時代の弁護士~弁護士観察日記Part1」

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