「正義の神の天使」

     弁護士で東久邇稔彦内閣・幣原喜重郎内閣の司法大臣を務めたことで知られる岩田宙造(のち日弁連会長)の門下に、伊達利知という方がいました。第一東京弁護士会の重鎮だった彼が96歳で他界されて、もう17年の歳月が過ぎ、生前お目にかかったときがいつだったのか、最後にどんなお話しをしたのかも、かなり記憶があいまいになってきてしまいました。

     ただ、彼の志のようなものは、鮮明に覚えています。岩田直系門下を自認する彼は、生涯熱心な「岩田信奉者」であると同時に、その薫陶による「弁護士道」ともいうべきものの継承者としての姿勢を貫いた人でもありました。

     その彼が、あるいはその師以上に、こだわり抜いたものが、実は「弁護士倫理」という存在でした。

     弁護士はどうあるべきか――おそらく、これが彼の生涯のテーマとなる、出発点となったエビソードがあります。それは、大正14年1925年、登録2年目の若き伊達弁護士に強烈な印象を与えた、いまや伝説の刑事弁護士として語られる巨人・花井卓蔵の帝国弁護士会設立祝賀会での演説でした。

     その日、登壇した花井は、居並ぶ会員諸氏を前に、ローマ、イギリスの弁護士史を引いて、こう語ったといいます。

     「弁護士は正義の神の天使なりとあります。人権保護の恩人なりとあります。而して我国の弁護士史は如何であります」

     時は過ぎ、終戦を迎え、弁護士法が改正され、自治確立とともに、弁護士の地位は格段に上がりました。しかし、伊達氏は思っていました。

     「弁護士が『正義の神の天使である』ことを自認するためには弁護士倫理と向き合わねばならない」

     彼のこだわりが始まりました。ある日、松下幸之助から送られてきた「道徳は実利に結びつく」という小冊子の中に、「お互いの繁栄、平和、幸福を願うところに善がある」という言葉に抵抗を感じた彼は、すぐにこんな返事を書きました。

     「お互いの繁栄、平和、幸福というものは、私情を捨てた良心のひらめきによってとらえたものでないと、折角の構想も一人よがりに終わる」

     そして、彼は謙虚さのない、思いあがった弁護士のあり方もまた、業だとしました。

     彼の意見に痛く共感した今井忠男弁護士(のち日弁連会長)は、即座にこの論を弁護士倫理解説の作業を進める担当者に見せるといいました。当時の弁護士たちの、弁護士倫理に向かう精神性の高さをみるような思いがします。

     伊達弁護士は、こうも言い残しています。

     「弁護士倫理は医者の仁術と同じく、依頼者の信頼を裏切ることがあってはならぬというのが、その精神。信頼を裏切るようなものは、人間性の喪失であり、かようなものの存続を天が許すわけがない。しかし、依頼者のことばかり考え、相手を不当に苦しめ、泣かすことも人間性の喪失であり、その存続も天が許すわけがない」

     「正義の神の天使」として信頼されるための弁護士倫理の道は、天に存在を許される謙虚さを持ち合わせた良心の道である、と彼は、言いたかったのだと思います。

     昔の人のいうことは、大仰だという方もいるかもしれません。ただ、こうした精神に真剣に向き合っていた人がいたということだと思います。

     以前書きましたように、今、「弁護士倫理」という規定はありません。代わりに拘束力がつくものが作られています。弁護士への指針も、いわば精神としては実効たらしめることができず、結果、拘束力という強制にゆだねる方向になっています。依頼者の信頼を裏切ったり、拝金主義に傾斜している弁護士の話も、巷に溢れています。

     さて、この今の弁護士の状況を、天にいる伊達弁護士は、今、どうみているのでしょうか。

     「倫理」として培うべき精神を拘束力にゆだねている、筋違いを責めるでしょうか。それとも、謙虚さを失った結果、もはやこうしなければならないところまできてしまった弁護士の、「正義の神の天使」とは、ほど遠い姿に嘆くのでしょうか。

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    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


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