FC2ブログ

    現実とズレた人材待望論

     日弁連・弁護士会の主導層は、本音の部分で、今、どんな人材がこの世界に来ることを待望し、また想定しているのだろうか――。彼らを見ていると、そのことが時々、よく分からなくなってきます。例えば、日弁連のパンフレットに、やや「成功バイアス」がかかったように取り上げられている、「意識高い系」とされるような人材。この資格の業務の拡がりの「可能性」を強調し、志望者の期待をつなぎとめたいという、業界の意思をそこに感じ取ることはできるかもしれません。

     職域拡大という「改革」路線にのっかった方向で、その先兵になってくれる、それに納得して邁進してくれる人材こそ、この世界にふさわしいということでしょうか。ただ、なんの注釈もなく、「チャレンジャーよ来たれ」的なアピールで、この世界にかつてのように人が集まると、本心から思っているのか、という疑問の声は、ほかならない業界内の中からも聞こえてきます。

     つまりは、そのことの無理や、ある意味、業界の現実を誤魔化しているところを見透かされているからこそ、業界は志望者からも、既存会員からも、徐々に見限られつつあるのではないか、ということです。

     いまや弁護士に最も求められているのは、「商売人」としてのスキルである――ということが、異口同音に聞こえてくる業界内から現実があります。かつてであれば、弁護士として「心得違い」と先輩から叱咤されたかもしれないことが、逆にそうした意識の欠落こそが、「心得違い」扱いされかねない「改革」の現実があります。

     増員時代の弁護士が生き残るためには、これまでのようなわけにはいかない、少なくともかつて主流だった、独立自営型の弁護士を目指すのであれば、まず、この点での自覚が必要である、という話です。もちろん、かつて独立したベテランの中にも、以前から全くそういうスキルやセンスが求められていなかってわけではない、という方を強調する人もいます。

     しかし、建て前ということだけではなく、「生き残り」ということがここまでのしかかっていなかった時代とは、明らかに状況が違います。これまでも、いろいろな弁護士がいたことも事実ですが、プロフェッション性を支えるための、経済的自立は語られても、正面から堂々と他の商売と同じく、採算性から入っていい仕事とは、多くの弁護士が自覚していなかったのは事実です(「弁護士『プロフェッション』の行方」 「『改革』のあいまいさと職業モデルの関係」)。

     ただ、ひとつ確認しておかなければならないのは、およそインハウスや大手事務所にしがみつくという選択を除けば、彼らにとって、これは現実的にはいまやほとんど選択の余地があって語られていることではない、ということです。つまりは、こういう「改革」が生んだ経済的な現実がある以上、そう割り切るしかない。もし、かつてのような状況であれば、当然、プロフェッションという自覚の中でやれた(あるいは、やるべきと考えた)人材までが、おそらくこれしかない、という発想に切り替えているのです。

     日弁連・弁護士会主導層が求める人材について、よく分からなくなってくるというのは、こうした現実を一方で見てしまうからです。もちろん、主導層がこうした現実を知らないわけではありません。しかし、そうした「覚悟」を求める発信をしているわけではない。かつてのようなわけにはいかない、というわけでもない。

     こうした形が弁護士としてふさわしい方向なのか、そして利用者市民にとって、かつてよりも有り難い話なのかにも言及しない。ただ、こうした状況を絶望的に「覚悟」させる増員基調の「改革」路線だけは改めない。こうした状況が続く中で、営利主義に走らず、依頼者にも従属せず、最終的に依頼者にツケが回らない、ということを、自信を持って語るのは難しい、という業界内の本音の声もあります。そんな不安は、もちろんおくびにも出しません。

     こここそ、「士業努力」としての競争・淘汰の要という捉え方をする人もいるかもしれません。しかし、「商売人」としてスキルがあり、あるいはそれによって「生き残る」弁護士が、必ずしも利用者にとって「有り難い」弁護士にならないことは、ほかならない弁護士たちが知っていることです。だからこそ、弁護士会主導層も、「この先、増員政策の競争・淘汰によって、弁護士はどんどん良質化していきます」などとは、決して言いません。

     「商売人」として割り切らざるを得ない現実、また、その「覚悟」が必要な業界の状況は脇に置き、司法試験合格者減員を求める会内の声を無視して増員基調の「改革」を維持し、かつ、職域拡大の可能性とチャレンジャー待望をアピールする。そして、その先にはかつてのように安定的に弁護士業を営みつつ、かつ、会務やプロボノを手掛ける余裕もあり、また、直接それに携わらない会員も高額の会費によって会務を支えることに不満を持つことのない人材が存在し、また、この世界に来てくれる――。 

     「まるで夢をみているかのようだ」と語った人がいました。会員のために、「改革」が生んだ、この状況をなんとかしようとする方向を示すわけでもなく、弁護士が増え続ける、この路線の先に、利用者にとっても弁護士会員にとっても、良い形が待っていると疑っていないような。あるいは必ずや「有為な人材」が、この世界にやってきて、道を切り開いてくれるはずだ、と信じているような。

     この先、何がどう、誰にとって、かつてよりも「有り難い」形になるのか――。こうなってしまったからではなく、そこからこの「改革」をもう一度、考え直してみる必要があるはずです。


    弁護士の競争による「淘汰」という考え方についてご意見をお寄せ下さい。司法ウオッチ「司法ご意見板」http://shihouwatch.com/archives/4800

    司法改革に疑問を持っている人々ための無料メールマガジン「どうなの司法改革通信」配信中!無料読者登録よろしくお願いします。http://www.mag2.com/m/0001296634.html

    にほんブログ村 士業ブログ 弁護士へ
    にほんブログ村

    にほんブログ村 その他生活ブログへ
    にほんブログ村



    人気ブログランキングへ

    スポンサーサイト



    テーマ : 弁護士の仕事
    ジャンル : 就職・お仕事

       スポンサーリンク



    コメントの投稿

    非公開コメント

    No title

    この間、いかにも女性活用です!育児も仕事も頑張ってます!日弁連の役員やってます!夫婦で法テラスから有給の役職いただいてます!という感じの、いまだに過疎地に女性を派遣したがる女性弁護士を見た。彼女が誇らしげにひけらかしていたのがヴィトンのバッグで、彼女のポジションと生き様を象徴していた。
    もう一度行ってくれば。今から若い人を行かせても、キャリアプランも出産含めたライフも老後計画も一生も台無しになるだけだけど、あなたの年と財力と家族構成なら、もうすべておなかいっぱいでしょう。金持ちが腹いっぱいになってやることがなくなって公益活動を他人に押し付けるのはうんざりだけど、あなたみたいな個性的な人材、きっともう出ない。言行一致して、多様な人材、頑張れ!
    と、心の中で強く応援しました。

    No title

    日弁連が人材を待望しているなんて、考えられません。

    ただ、人権を強調する弁護士は支配層にとっては無用の存在でしょうし、国民の大多数が人権に無関心であれば、ビジネスローヤーばかりになってしまうのは必然です。

    日弁連主流派は主に、弁護士の裕福層と自由法曹団によって構成されていると思います。

    富裕層の中心は、いわゆるブル弁ですが、ブル弁と自由法曹団が手を組めば、何でも押し通せます。

    司法制度改革審議会(司法審)は、新自由主義構造改革の最後のかなめとして、司法制度改革を方向付けました(司法審の最終報告書)。

    これに自由法曹団が協力するのは、昔だったら不思議と思われたかもしれませんが、今では不思議ではありません。

    「独立自営型の弁護士」の意識を変えて組織化することは、自由法曹団にとっても企業にとっても、行政にとっても、共通の利益になります。変わることができない「独立自営型の弁護士」が淘汰されることは、司法審路線の必然的結果であり、そのような弁護士の没落は、当初から指摘されていたことです。

    ただ、私は、それを弁護士だけの問題として、日本の司法全体の問題と見ない人には同調できません。

    No title

    人材ねえ。

    検察教官が言う通り、任検の可否は弁護士事務所の内定の有無にかかる。こういうカジュアルで非常識な考え方が研修所で流布されたせいで、任検者はもちろん、そうでない連中もカジュアルに内定蹴りするようになり、弁護士事務所では大変に迷惑している。

    特に中小規模事務所では、経費と手間と時間をかけて、新人用に什器備品や事務員配置、受任調整、顧問先への説明、挨拶状印刷・発送手配などをして待っているから、強い打撃を受ける。それなのに、いくらでも代替のきく大企業採用と一緒くたにして、経営感覚ゼロの検察官の言うことを真に受け、カジュアルに内定蹴りをする修習生が続出し、再び弁護士事務所の採用意欲がしぼんでいる。

    73期以降で採用が再びしぼんだら、70期~72期の傍若無人な先輩方を恨みましょう。個性的な人材も何も、もう新人いらねーよ、ってこと。

    ちなみに検察教官の暴言の背景には、
    「裁判官にも弁護士にもなれないカスが検事になる」
    という時代が長く続いたことについての、トラウマがある。

    No title

    日弁連・最高裁・最高検がどこまで気づいているかはわからんが、今どきは司法試験に合格しても、裁判所事務官試験とダブル合格していれば、裁判所事務官になる。つまり裁判官よりも優秀な人材が事務官のほうに流れている。検察官になる人材に至っては惨憺たるもの。
    という話を、この間、法務省の人から聞いた(検察官関係者や裁判官関係者ではない)。

    多様な人材ねえ。。。

    No title

    マスコミ受けと大衆受けが、執行部の至上命題。職務基本規定が厳しくなり、受任リスクもかつてなく高まり、結局はアメリカ同様に顧客選別が進み、他方で経済難による弁護士の不祥事も増えるため、本人訴訟割合が増える。そもそも法曹全体の信頼が低下するので、訴訟事件総数が減る。

    アメリカでは名刺の飾りとして弁護士登録を続ける人が多いが(会費や登録料が多くて年400ドル台。実働はせいぜい2割では)、日本ではそういう訳にもいかず、ドミノ倒しに請求退会が増え、弁護士会制度は終わりを迎える。

    No title

    望まれるのはまさにこれ
    https://www.asahi.com/articles/ASM9N427SM9NPIHB00J.html
    >弁護士費用などは通常は自己負担だが、明石市では10人いる弁護士資格を持つ市職員が無料で対応するという。
    >ひとり親らの相談に乗り、書類作成の手伝いや裁判所への申し立て、開示された情報に基づく財産差し押さえ手続きまで代わりに担うことを想定。相手が明石市外に住んでいる場合も対応する。

    No title

    >営利主義に走らず、依頼者にも従属せず、最終的に依頼者にツケが回らない

    そんな都合の良い商売は昔からない。

    >利用者市民にとって、かつてよりも有り難い話

    利用者市民にとって有り難い話の究極系は結局は「タダ働きしてくれる」こと(弁護士業務に限った話ではない。サービス業に無料を求めるのが残念ながら顧客側の心理というのは以前の記事のコメントにもあった)。そもそも顧客と商売人の心が以前はぴたりとあっていたかのようなものも錯覚。市民市民と誰をイメージしているのかそんな者はいない。
    プロフィール

    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
    またまたお陰さまで第3弾!「司法改革の失敗と弁護士~弁護士観察日記Part3」
    河野真樹
    お陰さまで第2弾!「破綻する法科大学院と弁護士~弁護士観察日記Part2」
    河野真樹
    「大増員時代の弁護士~弁護士観察日記Part1」

    お買い求めは全国書店もしくは共栄書房へ。

    最新記事
    最新コメント
    最新トラックバック
    月別アーカイブ
    カテゴリ
    検索フォーム
    RSSリンクの表示
    リンク
    ブロとも申請フォーム

    この人とブロともになる

    QRコード
    QR