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    日弁連の「改革」の発想と会員の「犠牲」

     日弁連の「改革」史観に貫かれた代表的な一冊として、以前取り上げたことがある、2007年に朝日新聞社から出版された「司法改革――日弁連の長く困難なたたかい」(「日弁連『改革』史観の神髄」)。2002年4月から2年間、本林徹・日弁連会長の執行部で事務総長を務めた大川真郎弁護士によって記されたこの本の巻頭の言葉には、こんな下りがあります。

     「日弁連は、『市民のための司法』を真っ先に提唱し、その実現の牽引車となったといってよい。この間、さまざまな困難をかかえ、きびしい道のりを歩んだ。しかも、その結果、すべて日弁連の望みとおりの改革ができたわけではないだけでなく、すべての弁護士を厳しい状況にも置くことにもなった」

     サブタイトルからも分かるように、「市民のため」の「改革」に日弁連がどれだけ汗をかいてきたのかを、当時の会内「改革」主導層弁護士らの証言を中心にまとめた本書のなかにあって、この引用の最後の下りだけが、ほとんど唯一異なる視点のような印象を与えます。つまり、日弁連が提唱した「改革」が、「すべての弁護士を厳しい状況に置くこと」に、いわば巻き込んだという認識と責任につながる部分だからです。

     もちろん、「巻き込んだ」などと書けば、そうではない、という反論が直ちに返って来ることも想像できます。つまり、「市民のため」の「改革」に突き進むことは、日弁連の意思決定機関を経て、会員の総意で選択され、多くの会員が主体的にこれに関与したのだと。しかし、「すべての弁護士を厳しい状況に置くこと」へのコンセンサスの問題だけではなく、むしろ今、日弁連内に広がってきているのは、会員の「厳しい状況」に対して日弁連主導層がどこまでの認識を持ち、具体的に何をしようとしているのか、への疑問や不満のように見えるのです。

     あるいは日弁連の「改革」路線に「巻き込まれた」という認識よりも、「改革」後にこの世界に来た多くの弁護士からすれば、強制加入団体として、現状に対して何をしてくれるのか、日弁連の選択が会員の犠牲のうえに行われるのであれば、その「価値」こそが、高い会費を投入している会員の関心事になって当然の状況なのです。少なくとも前掲書に書かれている「市民のため」の「改革」の正当性で、あるいは日弁連の会員の「犠牲」のうえにやってきた闘いの歴史で、日弁連のあり方がこれからもこれまでのように維持できる状況にはない、という認識が、果たして会主導層にどこまであるのかが、まさに今、問われているというべきなのです。

     坂野真一弁護士が最近の自身のブログで、次のような的確な分析をしています。

     「弁護士会は人権擁護のために必要があると考えた場合、採算度外視、会員の負担無視、で突進してしまう傾向にあるように思われる。結果的にはそのための費用は会員である弁護士の負担に帰してしまうのだが、執行部の方は、とにかく人権擁護が先にあるようで、会員の負担をどこまで真剣に考えているのか、私には見えない場合も多いのだ」
     「弁護士会の執行部の方は、人権擁護に必要なら、人に知られなくても歯を食いしばって弁護士が頑張っていれば、いずれ制度が変わり国費が支出されるなどして、救われる必要のある方が救われるようになると、未だに考えていると思われる」
     「マスコミのいうように弁護士も自由競争社会で、どんどん競争すべきというのなら、利益を上げられない者は退場せざるを得ないから、経済的利得を重視しろということだろう。だとすれば、経済的にペイしない事件は扱わないことが時代の流れに沿う、ということになってしまうのではなかろうか。それが望ましいかは別として、国民の皆様が、弁護士の自由競争を望むのなら、弁護士としても経済的利得を重視せざるを得ず、仮に儲け最優先主義を取る弁護士がいてもそれを国民の皆様から非難されるいわれは、全くないということになろう」
     「確かに弁護士が全般的に余裕があるのであれば、執行部のいうような『弁護士が歯を食いしばって・・・・』といような牧歌的な発想があっても良いかもしれないが、既に現実はそんなに甘いものではなくなっていると私は思う」

     坂野弁護士がいう、「人権擁護」のためならば会員の負担度外視で突進、というのは、「改革」以前からの、ある種の「気質」「体質」として存在していた、ともいえます。自己犠牲のうえに「頑張っていれば」という発想は、かつて法律扶助に深くかかわっていた弁護士たちから、自分たちが支えているという自負の響きをもって聞かれたことでもありました。

     そして、弁護士が身を切るものとして打ち上げられ、弁護士会の内側に自覚を迫った「中坊路線」といわれる「改革」で日弁連は、この「気質」「体質」のうえに突進した、というべきです。しかし、増員政策は需要を決定的に見誤っただけでなく、それを後押しした自由競争の発想は、坂野弁護士が指摘するように、前記した現会員たちの問題意識につながる、日弁連の従来の発想を成り立たせない深刻な状況を日弁連自身に突き付けた、というべきです。

     有り体にいえば、坂野弁護士が言う通り、もし、「改革」が弁護士にこれまでよりも自由競争社会での生き方を求めたのであれば、弁護士は当然、経済的利得と採算性に、よりこだわらなければならず、それはより「改革」でも強調されてきた、これまでの日弁連の発想が通用しにくくなることを意味する。仮に国民がそれを求めるのであれば、「市民のため」でそれを無視して突破することもできない――。

     最近の個々の会員の日弁連・弁護士会に対する要求や問題意識が、より業務に直結するテーマになりつつあり、それが逆に執行部への疑問や不満の根底にある、という見方があるのも、これを考えれば当然ということになります。

     もっとも、坂野弁護士も仮定の話として書いていますが、この形を「国民が望んだ」ものといえるのかは疑わしいといわなければなりません。いうまでもなく、この先、弁護士が経済的な余裕がなくなり、より採算性で行動しなければ生きられない時代が到来するなどということを、当時「改革」を唱道した、それこそ前掲書に登場するような人々が、社会にアピールしたわけではないからです。

     弁護士がそのように変質するくらいならば、経済的余裕が担保されている方に安心感を見出す人がいてもおかしくありません。増えれば良質化や低額化がおきる、競争は市民に利をもたらす、という、いいことづくめの「改革」のメリットだけか喧伝されたのではなかったでしょうか。逆にいえば、弁護士がこれまでのような「気質」「体質」、会員の「犠牲的」な発想を伴いながら、弁護士法1条に忠実な団体であろうとするのであれば、それを許す会員の環境を根底か破壊する、非常に不都合な「改革」を日弁連・弁護士会は受け入れたことになります。

     「市民が求めている」ということも、「改革」の常とう句のようにいわれてきたことですが、本当は何を求めていたのかということが改めて問われていいはずなのです。

     問題は、これらのことに今の会主導層がどこまで気付いているのか、あるいはどこまで気付いていて無視しているのかということです。

     前掲書のあとがきで、大川弁護士はこう結んでいます。

     「しかし、いかにきびしい状況になろうとも、日弁連は、市民の期待にこたえ、『市民のための司法』の実現に向かって進みつづけるものと思われる」

     この本の狙いからすれば、あるいはとても座りのいい結びの一文といえるかもしれません。しかし、この発想が今も変わらず、かつ、会員に向けて通用するものととらえているようにとれる日弁連・弁護士会主導層の姿勢をみると、やはり坂野弁護士が言うように、「牧歌的な発想」という言葉を当てはめたくなるのです。


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    No title

    No title

    https://twitter.com/okinahimeji/status/1162381193788084225

    やれやれ、弁護士もボイレコ必須で法律相談しなければならない時代とはね。
    依頼者側も相談しにくかろうに。

    No title

    弁護士会は、会員にとってメリットのあることをする団体なのではなく、会員から搾り取った高い会費で、会員などそっちのけで、いつからそうすることになったのかわからない公益活動という名の政治活動をやるための団体だと理解しています。

    毎年、日弁連会費だけで、50億円以上の収入があります。
    単位会会費が月2万円の単位会で、会員数が3000人いれば、毎年7億2000万の会費収入があります。
    これを使えば、例えば、会員向けの業務支援ソフトを発注して会員に使わせ、大幅な業務効率化が図れるのではないでしょうか。そうすると、会員あたり0.5~1名程度の事務員人件費の節減になるのだとすれば、会員一人あたり10~20万円/月程度の経費削減効果をもたらすことになり、会員が得られる経済的メリットは計り知れないと思うのですが。
    そうであってこそ、会費を払う意味があるのであると思います。

    死刑がどうだとか、原発がどうだとか、日常業務とは離れすぎています。
    そういうことは、巷にあまたあるそういう団体におまかせしておけばよいのであって、何もわざわざ私たちの会費でやることではないと思います。
    やりたい人が、そういう団体に入り(あるいは団体を作り)、自分の身銭を切ってやるべきで、会員の払った会費でやるのは、公益活動でもなんでもなく、理事者の自己満足にすぎないと思います。

    まあでも、理事者やそのシンパの発想が古すぎてそういうことがわからないから、弁護士という職業の社会的地位はここまで低下したのでしょうし、彼らが叫ぶ「人権」「護憲」なんてのも、だれも耳を貸さず、何らの成果も挙げられていないのでしょう。ただの自己満足ですよね。かけたお金はすべてドブに捨てているようなものです。したがって、弁護士会費の殆ども、ドブに捨てているのと同じだと思います。

    それを変えようにも、日弁連会長選挙に出るには、多額の供託金と運動費用が必要です。様々なバッシングも受けるでしょう。変えられる立場に行くことはできません。
    せいぜい、こういうことからなるべく距離を置いて、自分なりに仕事だけ一生懸命やり、収益向上のための努力を尽くすしかありません。「勝てば官軍」といいますが「稼げば官軍」ですよ。原発どうのとかより、稼いだやつが勝者です。
    その意味では、今話題の「50倍弁護士」は、どれだけバッシングされようが、圧倒的な勝者であり、モゴモゴとわかりにくい文脈で「憲法を護れ」と言っている人たちより、世間は彼のいうことを信じるでしょう。

    No title

    >高い会費を投入している会員

    おかしいな。
    弁護士の人数は増えている筈なのだから
    高い会費×人数で、普通に考えると潤うはずなのに。

    No title

    >弁護士法1条に忠実な団体であろうとするのであれば

    もう忠実であろうとしなくてもいいのでは。
    あろうとしてももう現在成り立っていないのだから。
    プロフィール

    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
    またまたお陰さまで第3弾!「司法改革の失敗と弁護士~弁護士観察日記Part3」
    河野真樹
    お陰さまで第2弾!「破綻する法科大学院と弁護士~弁護士観察日記Part2」
    河野真樹
    「大増員時代の弁護士~弁護士観察日記Part1」

    お買い求めは全国書店もしくは共栄書房へ。

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