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    「司法試験前」という位置取りへの疑問

     法科大学院が目指すという教育が、なぜ、司法試験という関門の前に施されなければならないのか、という素朴な疑問が、ずっと弁護士会のなかでくすぶっています。法科大学院教育の存在意義のように語られてきた「理論と実務の架橋」や「幅広い知識と教養を身につけた法曹の育成」。法科大学院関係者が強弁してきたように、仮にそれが「理念」として正しかったとしても、なぜ、そのプロセスが現在のような位置取りでなければならないのか、という問題です。

     これらのスローガンには、多分に旧司法試験体制を意識し、それに対するアンチテーゼの色彩があります。端的に言えば、旧体制では志望者は司法試験のための受験技術に傾き、法曹としての幅広い知識・教養に欠けることになっていた、という捉え方です。しかし、司法試験に合格し得る基礎的な法律知識とともに、2年ないし3年の期間に法科大学院自体が身につけるという「幅広い」教養とはいかほどのものなのかは初めから不透明でした。

     それを考えれば、制度が当初強調していた、「多様なバックグラウンド」という言葉でいわれていた、受け入れる人材の多様性確保がうまくいかないのであれば、なおさら実績にはつながらないといわざるを得ません(「『多様性』のプライオリティ」)。そして、さらに「実務」ということであれば、なおさら不透明なものがあります。前期修習廃止ともにさんざんいわれましたが、一つは法科大学院の教育担当能力の問題であり、もう一つは司法試験合格後の方が、教える側にとっても教わる側にとっても効果的ではないかという問題です。

     実は、これらについての突っ込んだ説明が、制度の側から不思議なくらいされてこなかった現実があります。実務教育面での制度の能力やタイミングについて、こだわっていいはずの日弁連も、この点について、2011年に発表した提言のなかで、次のようにさらっと言い切っています。

     「法科大学院では、実務に特化した教育を行うプロフェッショナル・スクールとして『法理論教育を中心としつつ、実務教育の導入部分(例えば、要件事実や事実認定に関する基礎的部分)をも併せて実施することとし、実務との架橋を強く意識した教育を行う』こととされており、従来の法学部教育に比べ、現実に“使う”観点に基づく法理論教育が徹底されるとともに、実務教育により、法理論の定着・深化を図り、かつ、実務家としての価値観、責任感、倫理観を教えることが期待されている」(「法科大学院教育と司法修習との連携強化のための提言」)

     実務教育に関わる法科大学院制度の役割と能力を当然の大前提とし、司法試験に合格していない段階の人材に「実務家としての価値観、責任感、倫理観を教える」妥当性に何の疑問も抱いていない。タイミングとしての司法修習との比較、本来どちらの時期がその目的達成に適しているのかという視点もありません。旧制度へのアンチテーゼを疑問の余地なく受けとめ、頭から制度に期待する姿勢といわざるを得ません。

     この点について、森山文昭弁護士は著書のなかで次のように述べています。

     「『実務家としての価値観、責任感、倫理観』は、司法試験に合格してからでも十分学ぶことができるし、むしろその方が効果的である。この法曹倫理の授業は、アメリカでは学生にとって最も評判の悪い授業であると言われており、その点は日本でも同様である」
     「法科大学院生は、司法試験に合格することが最大の目的である。まだ、合格できるかどうかわからない段階で実務を教えられても、身が入らないのは当然である。このことは、法曹倫理だけでなく、すべての実務科目について言えることである。教育効果という点で考えれば、法科大学院では理論教育に徹し、実務教育は司法試験に合格した後に行うというのが最も合理的な方法であろう」(「変貌する法科大学院と弁護士過剰社会」)

     ところで、なぜ、この点を今、取り上げたかといえば、それは法科大学院制度をめぐって起きていること、志望者減と、その対策としての司法試験受験・資格取得への「時短化」、そしてそれをめぐる制度擁護派の分裂という状況(「法科大学院制度擁護派の分裂と旧試『欠陥論』」 「法科大学院在学中受験『容認』という末期症状」)に、この素朴な疑問がつながっているからです。

     志望者は森山弁護士がいう通りの、この制度のおかしさに当然に気付き、司法試験合格前に絶対に経なければならないという本質的な制度の「価値」を(経済的意味でも)低く見積もったからこそ、彼らは予備試験に流れている。そして、制度通過の価値を自ら否定するかのような、在学中受験「容認」の制度変更の方向性は、見方によっては前記タイミングに対する疑問の正しさを、制度が認めざるを得なくなったということではないか――。そう考えれば、日弁連提言の姿勢のような、この素朴な疑問にこだわらず、制度の「価値」を当然の大前提としたツケが回ってきてるのが、現在の状況ととれるのです。

     法科大学院制度を司法試験の前に構想した側には、医師国家試験と医学部のイメージが念頭にあったということがいわれています。医師のように、医学部という教育プロセスを経た人材が試験に合格し資格を得る形に、なんとか法曹養成も変えられないか。これはある意味、一般的にはイメージしやすかったかもしれません。しかし、「改革」は、司法試験と司法修習という形で成り立ってきた法曹養成の実績を余りに無視し、無理で急激な変化を強いて、一気にその新制度の「価値」を認めさせようとして、それを実現できなかった。修了の司法試験受験要件化という、「強制化」によって制度を支える道を選び、時間をかけてでも教育の「価値」を認めさせる方法をとらなかったことが裏目に出たともいえます。 

     一方の前記制度変更を批判する制度擁護派の主張をみれば、いまだ「理念は正しい」という前提で、制度変更の「背理」を主張しています。司法試験をとにかく修了者が受かるものにできれば、制度は維持できるとするような発想は、今も前記医学部イメージのなかで活路を見出そうとしているようにもとれます。

     この「改革」で何が議論されず、そして何のツケ回ってきたのか――。もう正面から問い直されていいと思えてなりません。


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    テーマ : 資格試験
    ジャンル : 就職・お仕事

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    なんか、コメント欄に司法試験落ちたやつの臭いがする。

    No title

    相談者に耳障りのいいことを言って目先の安心感を与えて事件あさりをする連中が増えた。まともな交渉能力も調査能力ないから、当然のように準備不足で事案が紛糾し、挙げ句に不利な結果で終われば、「裁判所が悪い」「相手方代理人が悪い」「相手方が卑怯だ」と、依頼人と一緒に罵って終わり。苦情になれば態度を豹変させて依頼人を恫喝する。マチ弁はもちろん、法外なアワリーをチャージする大手事務所でもこれが常套手段。懲戒請求は派閥のごにょごにょで何とかしてしまう。そしてコミュ力だけで無責任な営業マンみたいなヒラメ弁護士が生き残る。

    これもまた弁護士増員の成果。

    ローの授業なんて1月で大体終わり。あとは卒業までだらだら。ならば、2月ころにサッサと司法試験受けて、発表された方が良い。
    そもそもローの授業なんて大したことやってねえし、毎日朝から夕方までビッチリあるわけじゃなく、大学のように飛び飛びでしか授業ないので、2年も通わす必要があるのか疑問。

    No title

    Law未来の会の意見書を見て思ったのですが,試験日程などの詳細はどうするつもりなのでしょうね。
    現行の予備試験と同様に択一が5月か6月頃ということになれば,すべての法科大学院生は2年次の頃から受験準備に追われ,法科大学院の授業を受けるどころではなくなるでしょうし,かと言って司法試験の実施時期を冬頃に回すのは様々な困難が伴いそうです。
    それと,司法試験には合格したが法科大学院を修了できなかった者(修了に必要な単位を取らなかった者,司法試験合格後に休学した者など)は,司法修習に進むことが出来るのでしょうか。もし出来るのであれば,これは法科大学院制度廃止に向けた策謀だと言われても仕方ないでしょうね。

    No title

    >だったら、さらにその前の受験資格を勝手に操作するなんておこがまし過ぎる、ってことですね?

    どうしたらそういう理屈になるのかわからないのだが。

    >実務にさえ出せたらそのうちモノになった、という人はいくらでもいたんでしょうかね。
    地頭はあってもくだらない短答式試験で不合格になるような人の中ではいたでしょうね。

    No title

    >司法試験や2回試験に受かったくらいで一人前になるわけじゃあるまいし

    だったら、さらにその前の受験資格を勝手に操作するなんておこがまし過ぎる、ってことですね?
    実務にさえ出せたらそのうちモノになった、という人はいくらでもいたんでしょうかね。

    No title

    昔も今もたかが、司法試験や2回試験に受かったくらいで一人前になるわけじゃあるまいし。
    実務に出てからの方が圧倒的に勉強だぜ。
    なんか世の中には勘違いしているやつが多いな。

    No title

    まぁ昔から、丙案とかいろいろあった業界ですからね

    今更公平インチキ恣意的とか言われても

    No title

    医学部を出て医師免許を取得した人が、さらに司法試験を受けて受かった実例はごく少数でも昔からあるんでしょうが、どう考えても昔のほうが受かりやすかったでしょうね。司法試験のほうがいかがわしい恣意的選抜を一切してなかったから。

    医師免許持ちを弁護士にするために、医師免許持ちという点を恣意的に優遇して、法的素養が欠けていても合格にしろつまりもっと法的素養がある人を排除しろ、なんて論法が通りますか? だったら、弁護士資格持ちの人間を恣意的に優遇して医学知識のない人間に医師免許を認めろ、なんて論法を拒否できなくなりますよね?

    医科大学のインチキ入試がずいぶん騒がれるようになりましたね。群馬大学の年齢差別が裁判になった頃とえらい違いだ。受験資格を独占している以上医科大学入試が事実上医師免許の国家試験になっているわけですが、同様に司法試験の受験資格を独占している(独占したがっているというべきか)法科大学院のいかがわしい恣意的選抜もさっさと糾弾されてほしいものです。そして、そんなものをゴリ押しして今も居直り続けている連中がさっさと報いを受けて貰いたい。

    No title

    >法科大学院制度を司法試験の前に構想した側には、医師国家試験と医学部のイメージが念頭にあったということがいわれています。医師のように

    よくある「弁護士は社会生活における医師である」「予防医学があるように予防法務を」論でわかるように
    弁護士の医師コンプはスゲーものがある。

    しかし、新司法試験体制になってから、医師から(新司法試験を介して)弁護士という進路はそれなりに多いのではなかったかね?(あくまでも自分の周囲だが)。
    プロフィール

    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
    またまたお陰さまで第3弾!「司法改革の失敗と弁護士~弁護士観察日記Part3」
    河野真樹
    お陰さまで第2弾!「破綻する法科大学院と弁護士~弁護士観察日記Part2」
    河野真樹
    「大増員時代の弁護士~弁護士観察日記Part1」

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