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    作られた「改革」イメージと救済対象

     1999年12月8日、司法制度改革審議会第8回会合で行われた、法曹三者に対するヒアリングのなかで、泉徳治・最高裁事務総長(当時)は、司法の現状に関わる次のような発言をしています。

     「我が国の司法制度が以上のような課題を抱えていることにつきましては、ほぼ異論のないところかと思いますが、一部には更に進んで、我が国の司法は機能不全に陥っているのではないか、さらには、法的紛争の大きな部分が暴力団等の不健全な形態で処理されているのではないかといった、センセーショナルな意見も見られるところでございます」
     「しかし、資料11のアンケート結果が示しますように、法律問題が起きたときに、弁護士に相談する割合は約2割にとどまっておりましても、弁護士に相談しなかったものが、すべて不健全に処理されているというわけではございません(中略)。」
     「勿論、いろいろ改善しなければならない点が多くございますが、弁護士、検察官、調停委員、それからパラ・リーガルの方々、裁判所書記官等の関係者に支えられました我が国の司法は、国際的な水準にあるのでございます。この点は御理解いただきたいところでございます」(第8回司法制度改革審議会議事録)

     ここで泉氏がクギを指している「センセーショナルな意見」というのは、中坊公平弁護士が「改革」必要論の文脈で、司法の膨大な機能不全と潜在需要の存在をイメージさせた「二割司法」を指しているととれます。それに対して、泉氏の発言は、裁判所側の現行司法についての弁明ではありながら、この点で非常に冷静な現状認識を示していたのです。

     「資料11」 というのは、法曹養成制度等改革協議会のアンケート結果で、法律問題の相談相手として、弁護士・会が21.0%である一方、司法書士・税理士など10.0%、職場の上司・同僚10.3%、友人・知人・親戚36.9%、国・市町村など12.1%、国・市町村などの役所12.1%といった結果が出ていました。弁護士相談が2割である現実をもってして、法律需要の不健全処理の烙印を果たして押せるのか、というのは、当然の疑問だったというべきですし、なによりもそうとらえることが、当時の社会の実感とも大きくずれていたように思えませんでした(経済的な認識と、弁護士を最終手段ととらえる意識等)。

     しかし、結果として、この「二割司法」の現状認識の方に、弁護士界は乗っかり、増員基調の「改革」路線に傾斜していきました(「『二割司法』の虚実」 「『二割司法』の亡霊」)。今でこそ、感覚的数値として、その根拠性を否定する見方が業界内で一般的になっているこの言葉の前に、どうして当時の弁護士たちは、むしろ泉氏のような冷静な視点で現状を見れなかったのかという、素朴な疑問が湧いてきます。

     そもそも「改革」路線は、どういう人々を救済することを、司法の課題として目指したのでしょうか。事後救済社会の到来を掲げた「改革」路線は、実は弱者救済を正面から掲げていないし、事後救済そのものへの本気度も疑わしいという見方があります(「『事後救済型社会の到来』の正体」)。経済的弱者の権利などをめぐる不公正な事態からの救済をイメージさせながら、「バイブル」とされる司法制度改革審議会意見書には、実はそうした思想が希薄で、唯一言及しているといっていいプロボノについては、弁護士に丸投げし、無償で対応せよといっているに等しい扱いです(弁護士 猪野亨のブログ)。

     では、弁護士会はどうだったのか――。経済界が唱道した規制緩和の改革に対し、「市民のための改革」を対峙させた、弁護士会は、「改革」の弱者救済的な意義を強調したように見えました。しかし、これも彼らの本音としては、違ったという見方も出来てしまいます。つまり、有償・無償の区別なく、「ニーズ」と括りながら、要は膨大な有償ニーズの存在の想定が先にあり、経済的弱者の救済は、どの程度の比重で想定されていたのか、ということです。

     「改革」の提唱から今に至るまで、弁護士会の現状認識には、司法を利用したいけど、出来ない人々が沢山いる、あるいは情報を提供し、「誤解」が解ければ、利用者はやってくるという捉え方があります(「弁護士数と需要の非現実的な発想」)。その人たちは必ずしも経済的弱者ではなく、逆におカネを払う容易がある人々と描かれているようにとれます。実は「二割司法」で描かれた8割の機能不全も、経済的理由で司法を利用できないのではなく、いうまでもなく、おカネを払う容易がありながら、知識と条件(弁護士の数等)で利用できない人、間違ったおカネの使い方をしている人ととらえていればこそ、そこに有償需要の大鉱脈を見たといえるのです。

     前記プロボノという形での弁護士丸投げに、弁護士が反発しなかったのは、顕在化すると想定された有償需要への甘い見通し(それによって対応できる)があったことは否定できないところですが、「改革」の目的としてなんとかしなければならない無償需要という認識は低かったのではないでしょうか。経済的弱者救済の役割を法テラスが担っていると「改革」が描くのであれば、それもプロボノと同様、弁護士が経済的に被ることになるという結果への認識が甘かったし、むしろ「改革」路線側の矛盾することない、弱者救済というテーマへの一貫した扱いをみるべきではないでしょうか。

     「改革」の結果を経た今、「弁護士もサービス業」「おカネを適正に払える人を相手するのは当然」ということを、当然のこととして強調する弁護士が沢山います。むしろ、そちらの方で、弁護士の仕事を社会に認識させたい、という欲求は業界内に強まっているようにみえます。もちろん、有志の精神で、かつての「手弁当」弁護士が存在できる環境も、「改革」は破壊しています。

     しかし、あえて言えば、泉氏が指摘したかつての姿が、実は経済的な問題をむしろしっかりと踏まえた、適正で当然な市民の選択の結果だったとすれば、それに丸ごと望ましくない「不正解決」という烙印を押して、「利用しやすい」をうたい文句に、「改革」を進めたのは、そして、おカネのことを曖昧にしたまま、パンドラの箱を開けてしまったのは、一体、誰だったのかということも問いたくなるのです。


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    No title

    公益性の強い事件だから手弁当でやるのが当たり前とかいう人間は、司法改革の結果に御満足だろう。

    No title

    >それからパラ・リーガルの方々、裁判所書記官等の関係者に支えられました我が国の司法は、国際的な水準にあるのでございます。この点は御理解いただきたいところでございます

    https://www.paralegal-web.jp/paracomi/data/index.php?entry_id=10348
    >有給をとるのがとても難しいです。子供の試合などで,休む(1か月以上前に伝える)のも,とても難しく,弁護士が某ボランティアクラブに所属しているのですが,休日にそのボランティアに,無償で参加すれば,検討するといわれました。
    >ちなみに,弁護士は,まちべんですが,一見さんお断りだよ,とか,金持ちと貧乏人とか偏見や,偏った考えを持っている人柄です。
    >仕事とは全く関係ないのですが、有給と引き換えに、休日に参加しろとのことです。もちろん、手当はなしです。とても、弁護士の発言とは思えないですが、個人事務所だからか…

    >ちなみに、弁護士は既婚者で、お子さんが1人います。。

    No title

    司法制度改革審議会発足の前、河野真樹氏が週刊法律新聞におられた1997年1月の法律新聞に、法曹人口問題を考える日弁連有志の会代表野間美喜子弁護士の「司法基盤整備どころか破壊する弁護士大量増員に反対」という論考が掲載されました。その一部を紹介します。自然科学は原則として実験による検証が行われますが、社会科学では原則として歴史による検証が要求され、過去の事実を知らなければ、現在の社会現象を正しく理解できないと思うからです。

    以下引用

     平成八年度から司法修習修了者は七百人の時代に入った。遠からず、千人規摸になるであろう。そして、その大半が弁護士になる。弁護士大量増員が始まっている。
     改めて弁護士人口の動向を振り返るならば、明治二十三年に千三百四十五人であった、わが国の弁護士は、大正から昭和初期にかけ大幅に増員され、昭和初期の不況と重なって弁護士の経済は危機に瀕(ひん)し、政府に対し業界として助成の陳情を行わざるを得ない事態となったが、続く戦時下、その人口は減少していった。
    (中略)
     弁護士人口は、戦後の混乱期が、ほぼ終わった昭和二十九年三月末には五千八百三十七人に回復し、以後平成六年までの四十年間に約九千人増加し、同年七月一日現在一万五千二百十六人となった。この四十年闇の弁護士増加率は二・五一倍である。この間の人口の増加率一・四二倍を大きく越えて弁護士は増え続けた。そして平成八年七月一日現在、弁護士は一万五千九百四十一人となった。
     しかし、今後予想される弁護士増加は過去のペースとは異質である。これまで長い間、毎年二百五十人程度の増加であったのが、七百人時代は毎年新たに四百五十人程度、千人時代なると毎年七百五十人程度増加していく。四百五十人といえば、東北六県の弁護士数に匹敵し、七百五十人といえば、名古屋弁護士会が毎年一つずつ増えていく勘定である。
     一方、弁護士業務の現状はどうか.平成八年四月に、日弁連の全会員に対して行われたアンケート調査の結果をまとめた、第十六回司法シンポジウム(十一月二十九日、大宮市で開催)の基調報告書がある.
     「手持ち裁判事件数平均三三・六件」「稼働率平均七九・一パーセント」「平成七年度税込み所得の平均値一四一〇万円、中央値一一〇〇万円弱」「業務量は全体的には、横道(ば)い状態か、やや減少傾向、特に弁護士二〇年から三〇年の層に減少頭向が顕著」「勤務弁護士の就職が困難という回答六二・一パーセント」とある。
     また、司法統計によると、弁護士一人当たりの手持ち事件数は、昭和四十年と比較して、民事訴訟事件が約三〇パーセーント減、刑事私選弁護事件は八〇パーセント減少している。同シンポジウムでは「業界としては、冬の時代に入った」と基調報告がなされた。
     このままでは早晩、弁護士過剰になるのではないか。アンケートでも、これを予想する回答が圧倒的である。そして「千人時代になった場合、業務や活動にどのような影響が出ると考えるか」という設問に対し、多くの者が「過当競争となる」「職務の公共性・独立性が損なわれる」「業務の質が低下する」「弁護士倫理が低下する」「濫訴・不適切な業務が増加する」「弁護士間で階層分化がすすむ」「人権活動や公益活動が低下する」「国民の信頼が低下する」と危ぐしている。このように、弁護士の過当競争の弊害は、決して弁護士のみにふりかかるものではなく、その多くは国民に直接及ぶ性質のものである。
     全国津々浦々,弁護士が身近かに、どこにでもいる社会が望ましいというが、それは、どんな弁護士でもいい、バッジをつけた者が身近かにいればいいということではないはずだ。
     質・人格・倫理ともに高く、人権意識の優れた弁護士が、津々浦々、どこにでもいる状況は、よほど弁護士に対する国民のニーズが高くなければ実現し得ないことである。
     そして、どこからも財政的援助を受けない独立した弁護士に対するそのニーズは、原則として国民自身が自分の財布からペイすることを覚悟するニーズでなければならない。
     そのようなニーズを伴わない弁護士増員政策は必ず弁護士過剰の弊害を引き起こすに違いない。

    以上引用終わり

    まだ続きがありますが、それはまた追って紹介します。

    弁護士が皆思い違いをしていたわけではないのです。日弁連主流派、執行部の方々が、故意に反対意見を無視して弁護士激増路線を推進してきたのです。
    大多数の弁護士は、主流派の偉い弁護士の方々とのしがらみ、そんな方々が間違った方向に自分らを引っ張っていくことはないだろういう漠然とした信頼などから、白紙委任状を預けてしまったはずです。

    他方、主流派、執行部が弁護士激増路線に会員弁護士を引っ張っていったのは、「甘い見通し」からではあり得ず、下心があったからだと言っても良いと思います。「弱者救済というテーマ」は、主流派、執行部にとっては、「法曹一元」と同様に、会員弁護士に対する甘言(良く言えば「大義名分」)の一つにすぎないと思います。

    No title

    >その人たちは必ずしも経済的弱者ではなく、逆におカネを払う容易がある人々と描かれているようにとれます。実は「二割司法」で描かれた8割の機能不全も、経済的理由で司法を利用できないのではなく、いうまでもなく、おカネを払う容易がありながら、知識と条件(弁護士の数等)で利用できない人、間違ったおカネの使い方をしている人ととらえていればこそ、そこに有償需要の大鉱脈を見たといえるのです。

    この表現は皮肉かな?カネって敢えてカタカナ表記のところも気になるね。
    要するに、「お金を容易に払える」人の側にありながら
    (自主規制)という心得違いがあり
    あわよくばタダで法律や弁護士を使おうとするために
    知識と条件で弁護士から門前払いをうけ
    間違ったお金の使い方(使ってないけど)をする人と。
    確かにこういう人にお金を使わせることができれば
    大鉱脈は見えるよな。
    プロフィール

    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
    またまたお陰さまで第3弾!「司法改革の失敗と弁護士~弁護士観察日記Part3」
    河野真樹
    お陰さまで第2弾!「破綻する法科大学院と弁護士~弁護士観察日記Part2」
    河野真樹
    「大増員時代の弁護士~弁護士観察日記Part1」

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