弁護士増員論のバイアス

     他の改革、変革でも同様ですが、司法改革においても、さまざまな「あるべき論」が語られてきました。改革にあって、理想やビジョンが語られるのは当然であり、必要なことですが、常に戒められるべきは、現状認識の在り様です。いうまでもなく、現実を正しく認識していなければ、ゴールにどうつなげるのか、という解が導き出せないからです。

     結論から言ってしまうと、司法改革の法曹人口増員をめぐる現状認識には、二つのバイアスがかかっていたといえます。一つは弁護士必要論のバイアス。 今回の「改革」で登場した、弁護士必要論の基本的な認識は、概ね次の3つに分類できます。現在においての不足、将来的な必要性(必要となる未来の到来)、そして、「あるべき論」としての必要性。

     それらは、微妙に重なる形で存在していますが、例えば、一番目の現在においての不足は、「ゼロワン」といった目に見える形で示された弁護士偏在・過疎問題が、将来の必要性は、「事後的救済社会の到来」「法曹需要の多様化・高度化」という見込みや、刑事被疑者弁護、来るべき法曹一元の給源などがその典型といえます。そして、「あるべき論」としての、必要性とは、例えば「頼もしい権利の護り手」としてのプロボノ活動の実践、「社会生活上の医師」として、もっと市民に身近に寄り添うべき、などいったものが挙げられます。

     しかし、本来、これら必要論の認識を、現実的な増員政策の効果につなげようと思うならば、それぞれについて、それが成り立つ財政基盤、弁護士に丸投げするのであれば採算性(有償需要)を踏まえて、増員規模を導き出すという、工程が必要だったはずでした。ところが、「改革」は増員、しかも激増させることが、あたかも一気にこれらの必要論を解決に導くという捉え方になったようにとれるのです。

     いまや根拠性に疑問が出ている、現行司法の膨大な機能不全をアピールした「二割司法」は、必要論のバイアスを強く後押しした、象徴的な「改革」ワードになったといえます。「泣き寝入り」や不正解決がはびこる社会のイメージ化は、まさに弁護士の現在の決定的不足論と結び付けられ、かつ、「あるべき論」としての増員必要論としても繰り出されたのです。

     一つ一つ取り出してみれば「正論」で、そこに確かに一定の必要性が見出せたとしても、それを激増政策と結び付けるとなると根拠的裏付けとしては怪しい。要するに、細かく検証したうえでの話ではないのです。

     そして、もう一つは、弁護士「元凶」論といえるバイアス。「心得違い」、数の問題への姿勢も含めて、要は弁護士が悪い、という方向に集約させるような捉え方です。例えば、法律需要と弁護士の活用との関係で、従来「市民が弁護士を依頼しない理由」は、司法審などが行ったアンケート調査などで、実ははっきりと示され、そこでは必ずといって「弁護士費用」(司法審アンケート50.0%)と「頼むほどのことではなかった」(同55.9%)が半数以上、もしくは上位を占めました。

     実は、これに関する印象的な文章があります。かつて産業界から行革に関わり、法曹養成制度改革等協議会のメンバーで、増員推進論者だった鈴木良男氏(「法曹人口増員路線が『実証』した社会」)が著書のなかで、この点について触れているところです。彼は、同協議会が行った同様のアンケートの中の「弁護士に相談しなかった」理由への設問への回答で、64%が「(弁護士に)相談するほどの問題ではないと思った」とし、19%が「費用の不安」を挙げたことを引いて、次のように述べています。

     「つまり、現在でも法律需要はあるのだ。弁護士に頼まないのは『長くて、高くて、敷居が高いから』だ。弁護士は『本当に仕事はあるのだろうか』と心配するが、仕事がないのではない、仕事がこないように、自分自身が知らず知らずのうちに仕向けているのである」(「日本の司法 ここが問題」)

     ここで出てくる弁護士の言が、有償需要を指すのは明らかですが、このアンケート結果がなぜ、それを満たす「仕事がある」ことになるのか分かりませんし、なぜ、これが弁護士の「心得違い」のような責任論なのか、いや、責任論と結び付けて解決する問題なのかが分かりません。

     前記「改革」の捉え方とすれば、「弁護士に相談、依頼するほどではない」という「価値」判断は、まず、前記「あるべき論」なかで望ましくない、と決めつけ、その判断の妥当性はみない。そして、その「価値」判断を認めないという前提ならば、「ほどではない」根本理由に立ちいるべきなのに、どうも弁護士の「心得違い」と弁護士が身近にいないから(数の問題)にしてしまう。要は、弁護士が敷居を低くし、利用者の誤解を解き、そばに弁護士がいるだけ増やせば、「ほどではない」という価値判断が変わる、という捉え方です。

     しかも、おカネの問題が決定的な壁であることがはっきりしていながら、ここはどういう解釈になるのでしょうか。利用者は知らないだけで、費用に関する情報を提供すれば、壁じゃなくなるというのか(増やせば必ずやおカネを投入するはずという解釈)、弁護士が腹を切って壁を取り払え(要は自主的低廉化。それをしない「心得違い」)というのか――。

     増員論は数を増やし、競争させることで、低廉化が実現することをイメージさせましたが、現実化していません。少なくとも弁護士・会は、低廉化を増員の「効用」として打ち出していませんが、いうまでもなく、それは起こらない、期待できないことが、弁護士の努力、「心得」の問題ではなく、現実化しないことを分かっているからです。もっとも、分かっていながら、そこをあいまいのまま「改革」推進の旗を振る会主導層の責任はあります(「『経済的基盤』を考慮しない『改革』の正体」  「変わらない弁護士報酬『不評』から見えるもの」 )。

     そもそも鈴木氏のいうように、これは弁護士需要の証左だとして、弁護士を激増させたところで、利用者の「ほどではない」という「価値」や、「弁護士費用」というネックが変わったのでしょうか。利用者自身、そもそも「ほとではない」という「価値」判断が間違っている、社会にとっても望ましくないなどと認識しているのかは疑わしいというべきです。一方で、むしろ「改革」の間違ったアナウンス効果で、有償性を無視して、どんなことでも持ち込む、解決してもらうという、間違った認識への対処に、弁護士側が困惑しなければならない事態を生み出していることに注目すべきです。

     弁護士増員論は、一種の「イデオロギー」と化したという指摘があります(「弁護士『既得権益』批判の『効果』と結末」)。「増員ありき」で進んだ、本来手段である増員が目的化したような「改革」の根底には、前記した必要論と弁護士に対する、推進する側の偏った見方があったというべきです。そして、それが本来、当然に経るべき検証、踏まえるべき現実を飛び越させ、増員政策の失敗を導く、まさに元凶となったといえないでしょうか。それが、なぜ、今、強調されるべきかといえば、いうまでもなく、増員政策の結果が出た今でも、そのバイアスは、なぜか生きているようにもみえるからです。


    今、必要とされる弁護士についてご意見をお寄せ下さい。司法ウオッチ「司法ご意見板」http://shihouwatch.com/archives/4806

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    No title

    専門外の「専門家」による解説の危うさ
    http://blogos.com/article/304665/

    No title

    契約書がAIで作成できるようになって司法改革マンセーの企業法務事務所の収益構造が悪化すればメシウマ

    No title

    No title

    そもそも,相続遺言を「弁護士の仕事」と考えることに大きな誤りがあります。
    特に,実務経験の浅い若手弁護士は,民法の規定を根拠に「遺言は自筆証書遺言で十分だ」などと平気でアドバイスする傾向がありますが,素人が自筆証書遺言を作ると方式不備で無効になったり,相続財産の記載が不明確でどの財産を誰に相続させる趣旨なのか文言上不明確であったりして結局執行できないことが多く,また金融機関や法務局に自筆証書遺言を持って行っても,まともに取り合ってもらえることはまずなく,遺産分割協議書の提出を求められてしまいます。
    さらに言えば,素人考えで「誰にいくらあげる」といった遺言書を作り,そのとおりに相続が実行されると,相続税の額が必要以上に跳ね上がってしまう場合があり,相続・遺言についてアドバイスを行うには税法の知識も不可欠です。
    弁護士の中でも,そこまで踏み込んだアドバイスのできる人はおそらく少数派であり,相続実務に長けた司法書士や税理士に相談した方が良いという場合も少なくないでしょう。
    まあ,行政書士では弁護士よりもっとアテにならないでしょうけどね。

    No title

    今や相続遺言は弁護士の仕事だと思う人なんて、世間の1割もいないんじゃないでしょうか。
    その結果、いい加減な遺言などがはびこり、ひどいことになっています。

    No title

    横浜国立大学の法科大学院も募集停止になりました。

    中央大学も危なそうです。
    東大と京大の法科大学院が募集停止になるとき、この国の完全勝利が実現します。

    No title

    看板に「相続・遺言」とか書いてある司法書士か行政書士の事務所(少なくとも弁護士ではない)を見かけるのは珍しくも無くなりましたね。もし、「相続も遺言も全て弁護士の独占だ。あいつらはみんな弁護士法違反という犯罪を犯しているんだ」なんて言ったら、一体どんな反応が返って来ますかね? インチキ宗教並みに「弁護士」を崇拝しきってない限り「馬鹿野郎ふざけるな。お前ら思い上がるんじゃねぇ」と怒り出すか、それとも「じゃあなんでお前ら弁護士法違反で検察庁に告発しないんだ? 本当に弁護士法違反なら検察庁も動くはずだろ。本当は弁護士法違反じゃないのに、お前ら仕事独占したい一心でデタラメ並べてるんだろ。お前らそこまで落ちぶれたのか」と呆れかえるか、どっちでしょうね?

    >「専門性」に関する情報
    弁護士は裁判の代理人だから、裁判沙汰になっても大丈夫、それを見据えて事前にトラブルを防止するのだ、という宣伝文句にはある程度理はありますが、裏を返せば「裁判代理人として十分通用する、民事訴訟法も裁判実務もしっかり精通している人間でない限り、裁判外の事務も一切させちゃいけない」ということになります。
    これを真っ向から否定し、「民法も訴訟法も裁判も一切わからんでも、法的素養も一切問わずに俺が恣意的に法科大学院に入学を認めたんだから、そいつらに問答無用で弁護士資格を寄越せ」と平気で言い張る恥知らずどもが、失脚も何にもしないで今も業界の中心で法外な稼ぎを自慢してのさばっているのは一体何故なんでしょうね?
    私には、所詮法律事務とやらの全部でなくても大半が、裁判なんか知らんで務まるただの事務にすぎないから、としか思えませんけれどね。それを独占してさんざん儲けてきたから、今後も独占し続けたくて、国家試験と違っていくらでも自分たちが恣意的に合格者を決められる法科大学院制度なんてものをでっち上げたんでしょう。そう考えないと説明できそうにない。

    No title

    >おカネの問題が決定的な壁であることがはっきりしていながら、ここはどういう解釈になるのでしょうか。利用者は知らないだけで、費用に関する情報を提供すれば、壁じゃなくなる

    他士業に流れているのもあるでしょうね。
    市民なら弁護士よりも他士業のほうが安いと刷り込まれているでしょうし
    今や離婚や相続は行××士の仕事だとも宣伝されちゃってますし
    費用ではなく、「専門性」に関する情報を提供すれば、壁じゃなくなったんじゃないでしょうかね。
    非弁対策<<(越えられない壁)<<他の活動
    ですし仕方ないです。今更です。
    プロフィール

    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
    またまたお陰さまで第3弾!「司法改革の失敗と弁護士~弁護士観察日記Part3」
    河野真樹
    お陰さまで第2弾!「破綻する法科大学院と弁護士~弁護士観察日記Part2」
    河野真樹
    「大増員時代の弁護士~弁護士観察日記Part1」

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