「『改革』への期待感」という幻影

     2000年2月18日、東京・有楽町の読売ホールで、日弁連などが主催した、あるパネルディスカッションが開かれました。タイトルは、「裁判が変わる・日本が変わる わが国司法改革のゆくえ」でした。

     既に当時の記憶は、あいまいになっている部分もありますが、それでもこの催しについて鮮明な記憶として残っているのは、一つにはその後、弁護士界で、語りぐさにもなる、その盛況ぶりでした。

     会場は集まった市民でごった返し、定員約1500人というホールは超満員。さらにそれと同数の約1500人が会場に入れず、資料を渡して返って頂いたという話まで残っているものです。

     この盛況ぶりをもって、その後、「改革」推進派の方々は、司法改革に対する市民の関心の高さ、期待の高さを示すエピソードとし、さらには逆にそのことから、「改革」の意義や正当性を強調するような風がありました。

     しかし、私の受けた印象は、必ずしもそういうものではありません。むしろ、そのムードは異様でした。どういう形で、どういう意識のもとで、この参加者たちが、その場に集まっていたのかは分かりません。ただ、この「改革」についての期待感が、本当に彼らを突き動かしたと見れるのか、率直に疑問だったのです。

     前年1999年7月に小渕内閣に司法制度改革審議会が発足、さらにこの年2000年11月に同審議会中間報告、翌2001年6月最終意見書という流れのなかで開催された、この催しの趣旨を考えれば、これはむしろ推進派からの「高揚運動」のように思えたからです。盛況は効果ではなく、これ自体が運動ではないのかと。

     実は、この催しで、もう一つ印象に残っていることがあります。司法審委員の中坊公平・元日弁連会長の冒頭のあいさつです。この盛況の立役者は、実はこの人ではなかったのか、という人もいました。司法改革路線を牽引し、「平成の鬼平」とまで称された中坊氏は、一躍マスコミの寵児となり、真偽のほどは分かりませんが、彼見たさ、彼の弁聞きたさに市民が殺到したのではないか、というのです。もちろん、これは前記期待感の話と矛盾するような話としては語られませんでした。まるで、彼自身が、「改革」の期待であるかのように。

     ところが、意外なことがありました。冒頭、あいさつに立った、その日の中坊氏は不思議なほど、沈んでいるように見えました。それが何を意味するのかは、断定することはできないのですが、彼はこの時、あいさつのなかで、正確な表現は忘れましたが、こんな趣旨のことを言ったのを覚えています。

     「この『改革』は、残念ながら市民が下から求めたものではない。ただ、進め方によっては、市民のための『改革』になる」

     もし、この発言が浮かないようにみえた当日の彼の表情と関係があるとすれば、あるいは彼の信奉者は、司法審内で「市民のため」に孤軍奮闘する「改革」最大の功労者の苦悩を、ここに当てはめるのかもしれません。ただ、一方で、「下からではない」と言明された「改革」と、この催しの盛況のコントラストは、国民の自発的な意思と期待感では直ちに結びつけられない、別の意図を印象付けるものでもあったのでした。

     裁判員制度をはじめ、今問題になっている弁護士の増員、新法曹養成制度にしても、実は「下から求めたものではない」という現実を、この「改革」はずっと引きずっているのではないか、と思えます。その先の「市民のためになる」という実感が、いまだもって社会が共有できたとは言い切れない現実は、そもそも「市民のためになる」という規定の仕方自体も、実は「上からの」、「下」に伝えきれない、この「改革」の姿そのものを表しているようでもあります。

     いま、法曹界退場までの、その後の中坊氏を知ってしまっているがゆえに、この日、彼が垣間見せた苦悩の表情は、どこかで彼が描いたシナリオと違う自分と「改革」の未来について、その時、彼が見通していたのではないか、といった根拠のない深読みもしたくなりますが、それもまたきれいに描きすぎのようにも思えます。

     ただ、こうして見てくると、期待感を示す盛況が必要だった、あの日の催しを含む、「改革」運動の輪郭は、浮かび上がってくるのです。

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    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
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