司法試験合格率「主因説」が無視するもの

     司法試験に合格できないからなのか、それとも合格しても、その先の魅力がなくなっているからなのか――。「改革」がもたらしている、法曹志望者減という深刻な事態に対して、新法曹養成制度が奇妙な袋小路から抜け出せなくなっています。奇妙という言葉をあえて使ったのは、これほど弁護士の経済的価値の暴落が明らかで、後者の理由は動かし難いのに、あくまで前者を理由とする声が強く言われている、つまり、こうした捉え方では、志望者減対策としては早晩行き詰まることは目に見えているのにもかかわらず、それが強調されている奇妙さです(「資格価値の暴落と『改革』への認識」)。

     しかも、前者は正確にいえば、「合格させないから」という捉え方です。「できない」ことを法科大学院の責任ととらえるよりも、「不当に」難しい司法試験の責任にする論調が、さらに強まっている観すらあります(「新司法試験批判と法科大学院の認識の問題」)。
     
     最近も、議事録が公開された中央教育審議会法科大学院等特別委員会の第80回会議での、井上正仁座長の次のような発言が、一部弁護士の間で話題となりました。

     「大きな課題として、本来の理念をいかにして実現するかということで、これまでかなり時間を使って議論をし、具体的な方策も講じてきたのです。ただ、我々としてできることは限られており、その結果、どうしても後手後手に回ってしまって、志望者がどんどん減っていく。法科大学院として集めたくないわけではなく、集めようと努力してきたにも拘わらず、学生の方が志望してこなくなってきているというのが実情なのですね」
     「それはなぜかといいますと、様々な原因があるのでしょうが、やはり最も大きいのは司法試験が難関であることであって、特に法学部出身でない学生がその難関を突破することがますます難しくなっており、それが更に志望者の減につながっていっている」
     「そういう構造的な問題点をどうにかして変えていかない限り、問題は解消しないのですけれど、その点で私たちとしてできることには限界があって、そこを崩せないでいる」

     彼は、合格率がほぼ3%と、現在よりも難関であった旧司法試験に志望者が多数チャレンジし、難関であるがゆえに減少という事態が発生していなかったことを知らないわけがありません。その意味では、彼を含め、前者の立場に立つ法科大学院擁護派の視点は、下落した弁護士資格の経済的価値が新法曹養成のプロセスへの投資に見合わないという判断、そして、志望しないのは、司法試験が「難関」であることが一義的な理由ではないという、二つの志望者動向の真意・本音をあえて無視しているようにしかとれません(「法学部生の意識から見る法曹志願者減の現実」)。

     奇しくも、最近、大新聞の社説が、この論調と同じ方向を向いた内容を掲載し、こちらも話題になりました。

     「行き詰まりの最大の要因は、司法試験での合格率の低迷だ。修了者の昨年の合格率は約2割にとどまる。対して、法科大学院を修了しなくても、司法試験の受験資格を取得できる『予備試験』組の合格率は7割を超えている」
     「法科大学院の理念を維持するのであれば、予備試験の受験資格や司法試験の内容を再検討する必要があるだろう」(4月3日付け、読売新聞社説)。

     深刻な志望者減を認め、タイトルには「法科大学院 制度を大胆に見直す時期だ」と打ちながらも、司法試験合格率「主因説」に立ち、同試験に手を加える必要性を示唆しているところ、志望者の意を汲むようでありながら、やはり前記真意を無視しているところは、全く同じです。そして、さらに共に法科大学院の「理念」を引き合いに出しているところも、何を守ることから逆算されている話かもうかがい知れてしまいます。

     しかし、こうした論調が無視しているのは、実は志望者の真意・本音だけではありません。司法試験合格率「主因説」に立って、合格率を上げれば、資格が保証する質のレベルは、いまより下がりこそすれ、上がることはありませんし、かつ、無視している部分、つまり弁護士の経済的価値の下落はさらに進むことになり、優秀な人材はさらに遠ざかります。弁護士が増えるほどに競争・淘汰によって、良質化や低額化が進むわけでもなく、逆にその淘汰の過程のしわ寄せは利用者の自己責任で片付けられることがはっきりした「改革」の現実からすれば、「理念」の先に見通せるほど、利用者にとって有り難いものになるかは、むしろ疑わしいといわなければなりません。結局、利用者も無視していることにつながっているようにみえます。

     「決定的に志望者が減ってしまうまで、この流れは変わらないのではないか」。まさに袋小路に入ってしまった現実を、こう悲観する声が、弁護士界内で聞こえはじめています。法曹養成制度の今後も、法科大学院の存続も、法曹志望者減も、およそ国民の関心事とはいえないだけに、前記「読売」のような大マスコミの取り上げ方は、あるいはそのまま、「そういうもの」して、多くの国民に伝えられ、理解されてしまうかもしれません。しかし、現実的なことをいえば、われわれにとって有り難くない未来は、ずっと後にやってくるのです。「改革」の自己目的化、一体、何から逆算された「改革」が止まらないのかは、今、問われるべきことなのです。


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    No title

    今年の司法試験受験者数が5000人前後で1500人が最終合格。

    転職エージェントは司法試験合格をToefl80程度と等価評価するのが限度。

    まことに資金効率が悪い。

    No title

    >ということですから、その先の魅力がなくなっているかどうかはまだ結論を出すには早いでしょう。辞める人が減ったということはそこそこなんとか需要はあるということでしょう。


    ないです。

    No title

    法科大学院に行くのは、それまでの教育投資等養育費もろもろのうん千万円をどぶに捨てた上、さらにこれからの一生を台無しにするということ。

    親不孝の極みであり、自滅行為でしかない。

    税金の無駄遣いに荷担することにもなる。

    しかも、司法研修所の1年間は、金と時間の無駄でしかない。
    教官や書付きに優秀な人材が応募しない。
    教官のみとか言うおっさんくさくて気の利かない不愉快なだけの飲み会に実質的に強制参加。
    今時、優秀な人間は研修所には行かないので、有益な人脈もできない。

    司法試験合格は、マーケットが縮小する一方の日本国内限定でしか通用しない、使いにくいライセンスの一つにすぎない。むしろTOEICか中国語検定の方がまし。というスタンスで、今の法曹養成制度につきあうのが正しい。

    No title

    >それとも合格しても、その先の魅力がなくなっているからなのか

    とは言いますが、白浜先生の調査によりますと
    http://www.shirahama-lo.jp/topics/blog/
    >弁護士をやめる人は減ってきたような印象を受けています。
    >もう少しでも司法試験合格者が減るということになれば、異常な供給過剰状態から脱して、弁護士の就職難も解消されることになるのかも知れません。

    ということですから、その先の魅力がなくなっているかどうかはまだ結論を出すには早いでしょう。辞める人が減ったということはそこそこなんとか需要はあるということでしょう。

    No title

    > しかしその前から、弁護士報酬基準は独占禁止法に抵触するだとか、サルでもできる弁護士業とか、いろいろ出てきていたと思います。

    サルでもできる弁護士業と言われたのは司法審以後の過払い金バブルを背景にしており、日弁連及び単位会が報酬規程を廃止したのは2004年(平成16年)ですから、司法審意見書(2001年)より後です。

    > 司法制度改革があろうと、いずれはそういったビジネス思考の弁護士が出てきたのではないでしょうか。

    ビジネス思考という点では、ビジネスロイヤーが元々存在していたことはまちがいありません。

    しかし、ビジネスロイヤーだけで日弁連執行部、主流派をリードできたわけではありません。1970年代に自由法曹団が権力との協調路線を支持するようになって以来、その影響がじわじわと弁護士全体に広がったと思います。

    日弁連執行部は1970年代以来、法曹三者協議や日本弁護士政治連盟(弁政連)を通じて政治的な解決を志向する考え方に傾き、その行き着いた先が司法審への協力であり司法審路線だと思います。

    > 今の若者にどれだけこの言葉が響くでしょうね。

    司法制度改革によって破壊されたものの大きさを感じます。しかし、まだ弁護士法第1条はあります。すべての弁護士が従わなければならない法規範です。

    アメリカでも「ナショナル・ロイヤーズ・ギルド(National Lawyers Guild)」という、人民のための法律家を標榜する団体が活動を続けています。https://www.nlg.org/

    No title

    >その常識を破壊したのが司法制度改革です。

    常識であったとは思いません。
    常識ではないから、現状そのような話は相手にされないのではないでしょうか。

    元々業界全体で質を高めて保持する風潮なんて最初からありません。
    おそらく、イソ弁に仕事をとってこさせて、自分は楽をしたい弁護士がそう言っているだけでしょう。

    そういう楽な生き方が出来なくなってよかったのではないでしょうか。

    法学部も法科大学院も消えてなくなり、司法改革マンセーの弁護士も消えてなくなればいいですね。

    No title

    >その常識を破壊したのが司法制度改革です。

    しかしその前から、弁護士報酬基準は独占禁止法に抵触するだとか、サルでもできる弁護士業とか、いろいろ出てきていたと思います。
    司法制度改革があろうと、いずれはそういったビジネス思考の弁護士が出てきたのではないでしょうか。

    司法制度改革は確かにある種の動きを加速した感はありますが、
    そもそも
    >弁護士は権力と対峙する職業
    >弁護士界全体のステイタスを維持する努力が弁護士に課される
    >弁護士全体がギルド的に後継者を養成する責務
    が育っていたかといえば……
    今の若者にどれだけこの言葉が響くでしょうね。

    No title

    弁護士は日本では公事師、代言人がその前身ですが、明治以来、イギリスのバリスターを目標として、プロフェッションとしての弁護士の地位の確立を追求してきた歴史があります。

    日本国憲法においては、弁護士は権力と対峙する職業として規定されました。そのためには、弁護士界全体のステイタスを維持する努力が弁護士に課されるのは当然であり、弁護士全体がギルド的に後継者を養成する責務を負うことも当然だと考えます。

    弁護士の先輩はそのような意識で仕事をしてきたと思います。弁護士には商人のような競争関係がそのまま当てはまるはずがないというのが、弁護士の常識でした。

    その常識を破壊したのが司法制度改革です。

    No title

    商売敵だから教えないというのはポイントがずれているとしか思えない。
    敵だから、じゃなくて、何の義務もないことをなぜ、すべきだ、と言っているのか理解できないだけ。
    義務ではなければ、厚意を求められているに過ぎないのだが、結局弁護士というのは時間を商品としているのだから、対価の得られない時間の浪費は、他人に教えるなどという時間を含めてロスにしかならない。
    ボランティアを当たり前だと要求する人間が厚顔無恥だということがどうして理解できないのか、ということだ。

    No title

    >業界に入ってきたというのは、会社に新人として入ってきたというのとは違う。
    会社が給与を支払う新入社員に、仕事を覚えてもらわなければ、会社に利益を還元する存在にはならない。

    イソ弁ノキ弁の労働者性については議論はしないが、業界内に「弁護士は業界に入った時点でプロでなければならない」という意識があるのは否定しない。
    だが、それで、新人を商売敵とみてきた結果がこうなっているのではないだろうか。
    はっきり言うが、しょせん商売敵。ご勝手にどうぞ、だが。

    No title

    >業界に入ってきた志望者は、まさか自分達がきちんとしたOJTもなく即独まで推奨されるような状態だとは思っていないだろうし、責められるべきは業界の質の保持の制度ではないか。
    某番組で(新入社員をテーマとした番組)
    新入社員「適性とか、いろいろあると思うんですけど……」
    先輩「ここにきた人材を育てるのは我々の責務ですから」という場面があった。
    こうでなければ。

    比較対象がおかしいとは思わないのかな?
    業界に入ってきたというのは、会社に新人として入ってきたというのとは違う。
    会社が給与を支払う新入社員に、仕事を覚えてもらわなければ、会社に利益を還元する存在にはならない。
    その会社の上司が、部下に仕事をOJTで教えるなど、上司が自腹でやっている訳ではなく、そこも仕事として会社から給与をもらっている。

    業界に入ってきたから、OJTで仕事を教えろというのは頭がおかしい人のせりふ
    今でも弁護士業界は、勤務弁護士に経営弁護士などが仕事を教えている。
    よその事務所の弁護士にOJTで仕事を教えるのが当たり前だと思っているなら、それこそ、その図式を本当に民間企業に持ち込んでみたらどうか?

    No title

    >司法試験合格率「主因説」に立って、合格率を上げれば、資格が保証する質のレベルは、いまより下がりこそすれ、上がることはありません

    毎回出てくるこの「質の低下」論を思うに、証拠もなく客観的に測ることもできないことをいいことに理由をそこに持ち込みたいだけではないかと思わざるを得ない。
    業界に入ってきた志望者は、まさか自分達がきちんとしたOJTもなく即独まで推奨されるような状態だとは思っていないだろうし、責められるべきは業界の質の保持の制度ではないか。
    某番組で(新入社員をテーマとした番組)
    新入社員「適性とか、いろいろあると思うんですけど……」
    先輩「ここにきた人材を育てるのは我々の責務ですから」という場面があった。
    こうでなければ。

    No title

    司法改革を推進した人間は業界の今の惨状を攻められるから、矛先をかわそうと、原因が別にあるといい続けているだけです。
    哀れな人たちだと鼻で笑ってあげましょう。

    文系に進みたがらない人が増えるのはいいことです。
    大学なんてさっさとつぶれてしまえばいいのです。

    No title

    >「決定的に志望者が減ってしまうまで、この流れは変わらないのではないか」。まさに袋小路に入ったてしまった現実を、こう悲観する声が

    自然に志望者が減るのが一番平和的解決法ではないか。
    好きでネガティブキャンペーンを声高に主張している人など本当はいないのだから(多分)。
    プロフィール

    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
    またまたお陰さまで第3弾!「司法改革の失敗と弁護士~弁護士観察日記Part3」
    河野真樹
    お陰さまで第2弾!「破綻する法科大学院と弁護士~弁護士観察日記Part2」
    河野真樹
    「大増員時代の弁護士~弁護士観察日記Part1」

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