「利便」の競争のリスクと自覚

     突如として、市民生活のなかに登場した「計画停電」という状況は、日本国民全体に急速に現在、起こっている事態の深刻さを認識させるものになりました。と、同時に、これまでの当たり前に過ごしてきた日常生活が、いかに電気というものと、それに支えられてきた数々の「利便」に頼ってきたかを、大衆は思い知ることになったと思います。

     震災後のあるテレビの討論番組で、こうした状況に関連して、ある民主党の議員が、これまでのように電気を使いたいだけ使うという発想を疑問視するような発言をしたところ、同席していた人々から、「そんな先進国はない」「それでは何も生み出せない」といった趣旨の言葉を浴びせられるのを見ました。

     これからも予想される電力不足のなかで、「節電」あるいは「省電」への意識は、今回の震災の大きさと深刻さに比例して、大衆のなかにこれまでなく、広がってきている印象を持ちます。ただ、それでも社会にいったん成立した「利便」を投げ捨てることは容易なことではなく、また、現状がそういう視点に立っているわけでもありません。

     なくてもできる、なくてもやれた、無駄を省こうという気持ちは共有しながらも、社会が電気のない生活、電気に頼らない生活を目指すという話でもちろんありません。文明は逆戻りさせられないというように、もはやコンビニも携帯もパソコンもない時代に戻ることは、社会が求めず、さらにより「利便」を追求していく方向自体は変わらないでしょう。

     そう考えてくれば、「利便」という価値観が、いかに私たちの現代人の中に強固にあり、優先的な存在、時に排他的なまでの価値を有してしまってきたのかも見えてきたように思います。

     もちろん、それは経済的な競争が、技術革新やサービスのアイデアを伴った「利便」の競争として成立させてきたからだとも思います。

     商品は、「利便」のマイナーチェンジがなされて、市場に流れます。広告は、そのチェンジを誇張して、大衆・消費者の購買意欲を煽ります。既に大衆が所有している物が、「利便性」で劣る、という烙印を押させ、チェンジによる購買を生むということです。

     しかし、市場経済を成り立たせているこうしたシステムに、大衆は注意を払わなければなりません。「利便」の強調は、大衆の中の優先的な価値観を刺激しますが、それが果たして本当に必要なのか、という判断をマヒさせる場合があるからです。まだ、現在の物でいいではないか、使えるではないか、そこまで便利でなくても、という大衆のとらえ方は、実は提供者もしくは市場経済にとって、都合が悪いと思っている方々は沢山いらっしゃいます。

     さらにいえば、「利便性」を含めた新たな価値の判断を鈍らすのに、ブランドというものが貢献している面も否定はできません。「信用」が緻密な判断を乗り越えてくれることに、ブランドがあぐらをかく、この社会でときどき問題となる悪しき関係です。

     さて、ある意味で、自他ともに、一サービス業として位置付けられ始めた弁護士という仕事はどうでしょうか。

     問題になった債務整理事件処理で、日弁連が会規化した「直接面談原則」にしても、「メールを利用してなぜいけない」という意見が、弁護士の中にもありますし、なぜ、と考える大衆がいないわけでもありません。リスクをいうのであれば、大衆の「利便性」を阻害しない形を追求するのが、サービス業としては当然の姿勢という見方といってもいいかもしれません。

     広告についても、「勝訴率」を含めもっと具体的に、判断材料を与えよ、という意見があります。弁護士選びの「利便」という観点からは、他の企業広告などと比べ、弁護士の広告の実態は、原則自由とされながら、実質的に規制でがんじがらめだ、という声も聞きます。ここも、サービス業の姿勢として、問われてくるかもしれません。

     逆にいうと、この意味では、弁護士会がこうした事柄に、あえて慎重な枠組みを作っている理由と現実的な問題について、まだ大衆には十分伝わりきれていないということはあると思います。

     と同時に、サービス業と競争を強く意識し出した、大増員時代の弁護士自身がこのことをどう考えているのか、という問題もあります。市場というステージでの競争は、当然に「利便性」も、その大きな集客と企業努力ならぬ士業努力のポイントになりますが、前記したような、いわば当たり前ともいえる大衆の判断マヒのリスクがあります。

     そして、最も問題なのは、あるいは、自己責任を伴って、既にこの社会の商業活動でも存在しているこうしたリスクが、こと弁護士という法律を武器に、場合によっては、生命・身体・財産を運命付ける仕事のリスクとして、きちっと計算され、また今後も、計算されていくのかという点です。

     これには弁護士も依頼者となる市民にも自覚が必要です。もっとも、弁護士は、これまで弁護士ブランドというべきものに、あぐらをかいてきた現実がなかったわけではありません。ただ、こちらの方はどんどんブランドイメージが下がってきているようです。むしろ、サービス競争こそが、そのブランドイメージを回復するのだ、という強い自覚を弁護士の口から耳にすることもあります。

     それだけに、これからの「利便」の競争で、弁護士一人ひとりが、何をブレーキとして自覚するのかも、むしろ市民としては要チェックポイントだと思います。

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    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


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